清正の山城(釜山1)

【ひとり焼肉】

LCCセール価格で釜山を訪れた。主目的をグルメと倭城見学に絞り込んでいざ出発。

西生浦倭城跡

金海国際空港に着き、ATMでキャッシング後、海外旅行の恒例になった交通系ICカードの購入。コンビニのレジで「T-money」と伝えたところ、代わりに「cashbee」を手渡された。どちらも機能は同じ(と店員も思ったのだろう)なので、空港駅の券売機で早速チャージ。買い物にも使え、残額も返金可だから、多めに入金しても良さそう。空港駅から沙上(ササン)駅まで軽電鉄線、そこからのメトロは別系統になるが、相互連携されているので切符の買い替えは不要。

空港から釜山駅までは乗換を含めても約1時間とまずまずの距離感。最初の晩餐はひとり焼肉OKの駅前チェーン店トネヌ。焼肉店は2名以上の条件がつく場合もあるから有り難い。店内は満席の賑わいだったが、折よく空いた4人用座席に案内された。だけに長居も憚られる。あっという間に数種の小皿がテーブルに並べられ、脇役だけでも存在感たっぷり。

小皿の一品はセルフサービスで取り放題

はじめは店員さんが肉を焼いてくれる。焼肉とツマミをサンチュに巻き、タレをつけて食す。このタレが美味で、醤油ベースで甘辛く、イマイチな肉のクオリティをフォローしてくれる。脂濃さと辛さはビールと相性が良く、野菜とからめて一気に平らげた。隣卓で見かけたアルミ箱の海苔弁当を付ければ量的に丁度だったが、別の店をハシゴしようと、市場がある南浦洞(ナンポドン)に移動した。

キムチやナムルを一緒に焼く

【フルーツマッコリ】

チャガルチ駅を出てゆるい坂道を上がれば、屋台がずらりと並ぶ一帯に出くわす。映画スターの手型タイルが敷き詰められたBIFF広場という一角で、テント内は歓談に興じるお客で満たされている。占い屋コーナーが物珍しく、数の多さからそれなりに需要がある様子。

BIFF広場近くのテント屋台群

路地は各店のテラス席で埋め尽くされて賑やか。アーケードに入ると、韓国のみならずアジア全般の軽食屋台が軒を並べ、国際色溢れる空間。小腹を満たし軽く飲める所を物色したが、どこも人が多くて決めづらく、屋台は翌日に持ち越すことに。

アーケード内の富平カントン夜市

落ち着いた店で初日の夜を締めようと、トップネという居酒屋に入った。目玉のフルーツマッコリはカラフルなビジュアルがお洒落で、口当たり良く飲みやすい。大勢で飲むものらしく、大瓶でたっぷりと提供される。マッコリだけの注文はNGと言われ、好物のチヂミをツマミに頼んだら、これもシェア前提のボリューム感。焼肉の後だけに満腹に苦しんだが、広い座敷と古風な内装は落ち着けた。

具もしっかり入ったチヂミ

韓国はキャッシュレス化が進んでいて、少額のカード払いもさっと済ませてくれる。一応現金も用意していたが、結果的に旅行中その半分も使わなかった。


【西生浦倭城への道】

翌日は倭城見学。倭城とは秀吉の朝鮮出兵時に築かれた城郭で、戦国時代の城の多くは江戸初期に破却されたが、奇しくも異国にその幾つかが当時の姿を留めている。中でも保存状態が良いとされるのが蔚山(ウルサン)にある西生浦倭城

公共交通機関での釜山から西生浦倭城へのアクセスは、韓国鉄道(Korail)釜田駅から南倉駅まで乗り、そこから715番のバスを使う。所要時間は、釜山市内から目安1時間半〜2時間くらい。直近のバス番号はグーグルマップで、南倉駅から西生浦倭城へのルートを検索するのが無難。

釜田駅は西面(ソミョン)にほど近く、朝昼兼用の腹ごしらえに、春夏秋冬(チュナチュドン)なるミルミョンのチェーン店に入った。釜山式韓国冷麺で、昨夜は重たい夕食だったから良い按配。シャーベット状のスープに浸り、豚肉とゆで卵を頂いた麺は、付属のハサミで適当にちょん切りながら食す。旨味がしっかり効いていて、毎日でも食べられそうなあっさり味。量的にも不足なかった。

見た目も涼やかなミルミョン(7,000ウォン)

釜田駅では窓口で「南倉(ナムチャン)」と伝えて指定席切符を購入。海外の鉄道の常だが、日本のようにICカードでさっと改札を通り、来た電車に乗るという手軽さがない。列車は数百円の切符代に相応しく地味でくたびれ気味。一応は特急のいでたちで、指定の座席を見つけるとひと心地。到着まで1時間弱。

ガラガラの車内は次第に混み始める

列車は東海線を海沿いに北上する。途中、東莱(トンネ)と機張(キジャン)駅を通過するが、これらも倭城があった拠点。日本軍は上陸地点釜山を軸とし、東西沿岸に手を広げるように城塞網を構築した。主要城は西端が順天城、東端が蔚山城で、西生浦城は蔚山城の約15km南に位置する。半島南部に根拠を築くことで、明国への橋頭堡とする意図があった。

降り立った南倉駅周辺は田舎の風情で、長閑さに思わずうーんと背伸び。駅舎は古びて小ぢんまりし、そばには市が立っている。駅からまっすぐ歩くと左手にバス亭が見えたが、これは復路側で、倭城方面のバス停はその先を右折した所。715番バスが来て、前から乗車しICカードでピッと精算。カードリーダーは後方にも設置されているが、降りる際のタッチは不要。ただしタッチしておくと、30分以内にバスまたはメトロに乗り継ぐ際、割引適用となる仕組み。

車窓からこの案内版が見えたら降車

交通量の少ない道路を路線バスはスピードを上げて走る。倭城を示す標識に気づいた頃には、瞬く間に降車地を通り過ぎていた。次のバス停で降り、もと来た道の山側を仰ぐと、麓から距離が空いた分、図らずも全景の威容を目にする事ができた。


【倭城を登る】

山麓は民家が入り組んでいてやや道に迷った。たどり着いた倭城の入口には史跡観光用の小施設があり、スタッフの人から案内の申し出を受けたが、ひとりが気楽なのでとやんわり断った。山城だけにそこそこの登坂になるから、歩きやすい靴と事前の腹ごしらえ、水の携帯程度はしておいた方が良い。

かつて石垣上には櫓が構えられていた

平日もあってか観光客は見かけず、古城を独占状態だった。当時の建物はすべて消失しているが、石垣は城の構造を今に伝えており、山を登るほど城に入り込んでいく感覚。但しきれい過ぎる石垣は近年”修復”されたもので、熱心な保存活動により、倭城の"破壊"が進んでいる側面もあるとの事。日本国内にも言えることだが、史跡保護は慎重であってほしい。

野面積みの石垣

遺構は想像以上のスケール。遠征先でこれほどのものを僅か1年で造り上げた能力に、戦国日本のエネルギーを感じざるを得ない。しかもここは計30ほど築かれた倭城の1つにすぎず、主城ですらない。築城に投じられた労働力は膨大だったはずだが、多くの現地民が徴発されただろう点は留意すべき。西生浦を担当したのは城作りの名人加藤清正。熊本城の着手はこれより後なので、当地の経験も活かされたに違いない。

中腹には海が開け、その見晴らしの良さに、ここに城が築かれた理由も納得。九州と朝鮮半島を繋ぐ倭城のネットワークは補給地の役割を担っており、軍港として海に面し山にそびえ立つのが一般的。眺望は昔日とさほど差異なさそうで、船団が浮かぶ光景が見えるよう。

かつて清正も眺めた海景色

古来日本の要塞は朝鮮の影響が色濃かったが、戦乱期に入ると独自の築城技術が発達し、倭城各城には戦国のノウハウ、大名の能力と個性が反映されている。反面朝鮮では長い平和で軍事的進歩も準備も滞っており、あえなく占領を許す結果を招いた。最終的に日本が撤退したとはいえ、落城した倭城はひとつも無く、堅牢さに着目した朝鮮がのちにその技術を取り入れたともいう。技術の逆輸入だ。

寄せ手を上から挟み撃ち
死角が設けられたルート

西生浦での戦闘は発生しなかったが、慶長の役では、築城中だった蔚山城に明の大軍が押し寄せ、清正が当地から救援に向かっている。戦局は深刻な兵糧不足から凄惨な籠城戦に推移し、援軍到着で危機は脱したものの、この苦戦に対する軍目付の報告に秀吉が激怒、現地将兵から処罰者を出す事態に発展した。諸将の憤懣は豊臣家官僚との亀裂を生み、関ヶ原を経て徳川家の日本支配を促す一因にもなった。

整備されていない所に風情がある
数百年放置されたままの天守跡

麓に降りると、出迎えてくれた案内所の人達から少し話していきませんかとお誘いされた。倭城史跡は韓国が保護管理しており、そのお陰で観光も可能な点は疎かに考えるべきではない。興味を引かれつつも、語学力が伴わない中、侵略の歴史に話題が及び、不必要な感情の齟齬をきたせばお互い面白くなく、帰路のバスと電車の乗り継ぎにも支障があった為、丁重に辞退した。先方にすれば、わざわざ1人で訪れた日本人の感想に関心が高かったのだろう。

カジノ勝負(マカオ)

【澳門へ海を渡る】

マカオの街は黄金期ポルトガルの東洋拠点として発展し、英国の植民地だった香港よりも歴史が古い。欧州風の街並みが遺り、戦国時代の日本に来航した宣教師と商人たちも、この港市から宗教や武器や商品を携えやって来た。17世紀に広州が対外貿易港として開放されると存在価値が薄れ、以後緩やかに保養地にシフトし、やがて今日の一大娯楽都市へと変貌した。

香港との往来はバスで港珠澳大橋を渡るか、スピードボートで海を渡るかの2通り。港珠澳大橋が香港国際空港のすぐ隣にある一方、ボートの港は街の中枢に位置し、バスは安くて早いが、場所的な利便性はボートが勝る。状況によって使い分けるのが一般で、たとえば空港着後そのまま大橋でマカオに渡り、帰りはボートで香港中心部に戻る、またはその逆という具合。

カラフルなセナド広場の夜景

マカオは特別行政区なので入出境にはパスポートが要る。それを除けば、マカオ市内は香港ドルも使えるし、船もバスも便が頻繁だから、同国内の移動とほぼ変わりない。ただしネット環境については、香港用SIMがマカオでは繋がらないので、両方に対応するSIMが必要。
参考:香港・マカオ旅行に最適・最安のプリペイドSIM 徹底ガイド(ユアトリップ


【愉しい高速船】

ターボジェット噴射飛航は、港珠澳大橋が架かるまでマカオへの一般的な交通手段だった。とはいえ港珠澳大橋は街から少し遠いので、出発港が上環駅に連結する船便の利用価値はいまだ健在。噴射飛航の乗船自体が観光体験でもある。それを意識してか、船体は赤い流線型にデザインされ、乗り場も何となくアトラクション風で楽しい。所要約1時間で料金160ドル(平日昼)。

ターボジェット乗り場

座席は検札時に係員から貼付される番号シールで確定する。土日は混むものの、大抵はゆったり座れる。船内はきれいで快適だが、冷房がきついので羽織るものがあった方が良い。バスより時間もお金も掛かるが、波を切って走る海景色は、イヤホンから流れるどんなジャンルの音楽にも合い、愉しい時間を過ごせる船旅は捨てたものではない。

荒天時は速度を落とすので到着が遅れる。長時間ゆらりゆらり揺れ続ければ船酔い客も出る。同列にいたおばさんなどは症状が甚だしく、散々えづいた挙げ句、ついに座席テーブルに突っ伏し、両腕をだらんと下げ、そのまま動かなくなった。そこまでしてギャンブルに行かなくてもいいのに。連れと思しき周囲からもくすくす忍び笑いが漏れていた。

広々と快適なターボジェット船内

マカオの港澳客輪碼頭に着き外に出ると、バスターミナルが目の前にあり、コスチュームをまとったお姉さん達が異彩を放っている。大手ホテルの無料シャトルバス宣伝兼案内係で、我が目的地リスボアのバスも待機中でこれに乗り込む。近場で済ませたいなら、港から徒歩5分に海立方があり、最低賭け金が低い分だけ長く遊べる。

バスは乗客が溜まり次第出発する。ほどなく蓮の花を型どる黄金の高層ビル、グランド・リスボアが見え、俗っぽく品の無い姿からギラついた欲望がストレートに伝わり、カジノ都市に来た実感が湧いてくる。リスボアがお薦めポイントは、世界遺産が密集するセナド広場まで徒歩10分なので、散財と観光をセットで楽しめるところ。


【遊びをせんとや】

リスボアのカジノは2種類ある。1つはシャトルバスが乗り付けるグランド・リスボア、もう1つが、おもちゃ感漂う隣の老舗ホテル・リスボア。後者が「深夜特急」で描かれた熱気溢れる勝負の舞台とされる。

初カジノとあって、グランド・リスボアの豪華な内装と広さに圧倒され、暫く夢遊病者のごとく館内を歩き回った。ステージ設置のフロアでは美女ショーが開催される。幕間が長いため鑑賞の機会は乏しいが、無料提供されるゴージャス感に自分がリッチになった錯覚を覚え、まさに思うツボである。

場に慣れた頃、交換窓口で香港ドルをチップに替え、目当てのゲーム「大小」に挑戦。入りやすそうな台を物色し、様子見と出目を読む練習をしてから、根拠無く自信がついた時、チップを台上に投じた。賭けが締め切られ、サイコロの出目3つと、大 or 小の結果が電光掲示板に表示される。ぐっと集中するその瞬間に賭け事の醍醐味が詰まっている。

ビギナーズラック発動であっという間に1泊分ほどの利益が出た。呆気なさに胡散臭さとこみ上げる嬉しさが混ざる。以降チップはすぐ減り始めた。勝率は変わらないのに、手持ちが乏しくなるほど、勝てる気がしなくなる。そこが止め時なのだけど、遊ぶこと自体が目的でもあったので、残金が尽きるまであえてつき進み、終戦まであっという間だった。

案外未練なくあとは場内の様子を楽しんだ。ディーラーによって客数が劇的に異なるのは興味深かった。ディーラー交替のタイミングで客がすっと離れたりもする。職業がら皆一様に無表情で接客もルーチン通りにも関わらず、醸し出される場の空気には差異がある。人集めの秘訣があるようだが、それが具体的に何かはよく解らない。各台には直近15回の結果表が掲示され、例えば「大大大大大大大」と連続中の台などは自然に人を引き寄せていたが、それはテクニックの1つに過ぎなさそう。結局ホストのバイタリティに帰結するのかもしれない。

奥の方ではひとつのバカラ台が沸騰し、いい年をしたおやじ達が慣れた手つきでカードを操り丁々発止、大声を出し鋭い視線をぶつけ合っていた。熱中ぶりには金銭的欲望を超えた活力が漲り、賭け狂いが嫌いな自分でさえ、これほど興奮できる人生はさぞ愉快だろうと、素直な気持ちで羨ましく感じた。

お客の服装は老若男女みなラフだったが、各台上のチップの厚みを見ると、このフロアだけでも相当な金額が行き交っているのが見て取れる。しかも24時間365日。自分に縁の無い世界とはいえ、あからさまな人間の業と人間の性の真っ只中に身を置くのは不快ではなかった。


【超能力はある?】

カジノの去り際、大小の台を眺めているうち、ふいに出目が読める感覚にとらわれる不思議な体験をした。大か小かが見えるというより、3つの賽の目が脳裏に浮かぶのでそれらを足す。脳内予測は次々的中し、出目までピタリ合うことも。本番なら大金だったのにと夢想しつつ、そのうち運(?)を遣うのが惜しくなったのと、勝った(?)まま終わりたかったので、10連勝ほどで打ち止めた。

とにかく賭けてる時といない時の精神状態には天地の差がある。頭では分かっても、経験しなければ本当には分からないものだ。ギャンブル中は心の平衡を失い視野が極度に狭まるので、どこまで明鏡止水の境地に達せるかがわかれ目になる。当たる感覚は賭ける気ゼロだったから起こった現象だろう。

超能力の解釈については科学の範囲と思っている。証明されなければされないでそれも1つの成果。サイコロは発信しないので、今回のはテレパシーではなく予知能力。けど勘には経験に基づく根拠と確度があるが、賽の目にそれは関係ない。意識がサイコロに向かっていたから望む結果を得られたのだとしたら、訓練のし甲斐があるというもの。

で、後日2度再戦した。1度目は執着が強すぎたのか瞬殺。2度目はお金を捨てるつもりで取り組み、そのせいか序盤好成績だったが、チップを投じるのを躊躇った回で予測が的中したのを悔やみ、そこから一気に崩れ落ちた。どうも精神と予知には相関関係があるらしい。

ちなみにカジノ遊びは別段マカオまで行く必要も無いのだが、習慣化しないよう、ギャンブルは遠距離での遊びとルール化しておくのが無難。


【マカオの顔】

マカオ市街の景色は香港に似た印象だが、セナド広場一帯は別。噴水と波打つ模様のモザイクタイルはテーマパークの様相ながら、欧風の景観には歴史に根付いた重みがあり、大陸の傍でこの港街が担っていた役割に思いを馳せる。避暑がてら閑静な教会に佇んでいると、自分がどこに居るのか分からなくなった。

ランドマークの聖ポール天主堂跡は小高い丘に建ち、表面一枚の姿はまるで舞台の書割。高所を占め、かつて当地の支配者が誰かを誇示していた建物が、表面だけでバックが無いという、奇妙な残骸として遺ったところに栄枯盛衰の象徴を感じる。

セナド広場のランドマーク聖ポール天主堂跡

このエリアの観光は1時間もあれば充分だが、日中はどこも混雑し、暑さと相まってひどく疲れた。個人的にはライトアップが綺麗な宵の口の街歩きもオススメ。人通り少なく涼しい夜の散歩は昼間と違った町の顔があり、光が行き渡る細い路地ひとつにも味わいがあった。

フォトジェニックな路地

欧風の建物と椰子の組み合わせが妙

帰りについて。安く港珠澳大橋から香港へ戻る場合、カジノの無料バスでフェリーターミナルへ移動し、そこから発着する無料バスで澳門口岸まで乗り継ぐ事が可能。時間は掛かるが、大橋を渡るバス運賃65香港ドルだけで済む。ちなみにリスボアから無料バスに乗るには、2階カウンターでチケットを貰う必要あり。

香港とマカオ共にバスターミナル施設はだだっ広く、中国の高鉄駅構内に近いつくり。大陸ほどチェックの厳しさは無いものの、気分的にはここだけ中国の観あり。海を渡す世界最長の橋だけに、大海に浮かぶ景色を想像していたが、車窓からは常に群島が目に入るため、それほど海の上感は無かった。
参照:港珠澳大橋利用ガイド(マカオ政府観光局)

マカオを去る時、車窓から夜景を望むと、空にはそれ自体がショーの様なカジノの電飾、地上には見慣れた中華街のネオンが、隔たれた2つの世界を顕している。それらの併存がこの街独特の顔として魅力的に映り、いつかまた来ようと、後ろ髪を引かれるのだった。

銀幕の都(香港2)

【映画の街】

香港に初めて触れたのは多分ジャッキー映画で、それは庶民的な街並みと都会が併存する、中国であって中国でない世界だった。そのイメージに親しんでいたせいか、初訪問時も高揚感と既視感が先立ち、緊張する事も無かった。質素な食堂や露店、マンションの窓からせり出す洗濯物、細い路地と坂道に狭い空、混沌とした雑居ビルも、まるで映画のセットに見えた。

九龍半島南端の尖沙咀から、旺角までを彌敦道で結んだ一帯が、九龍の主要観光エリア。旅はこの旺角を拠点にしたが、下町で出くわしたローカル市場にいきなり度肝を抜かれた。やがて絞められるであろう茶色い鶏が籠の中で暴れまくり、かたわらの魚屋には海産物が所狭しと並べられ、それぞれ強烈に生の臭いを放っている。時に不快ながら、慣れない五感への刺激は旅の醍醐味で、ふいに落ちてくる雨粒や、肌にまとわりつく生温い風も、銀幕では味わえないもの。

映画の街香港の夜景

治安はいたって良く、街歩きに不安はない。地名は漢字だから一見覚えやすそうだが、未知の文字が多く、読み方も違うので、しばらくは戸惑う。尖沙咀(チムサーチョイ)、灣仔(ワンチャイ)、油麻地(ヤウマーティ)、旺角(モンコック)などなど。英語の通り名が有名なパターンもあり、中環(チョンワン / Central)、銅鑼湾(トンローワン / Causeway Bay)といった具合。ただ慣れは恐ろしいもので、数日すれば車内アナウンスで繰り返し聞く地名が耳に馴染み、いつの間にか、佐敦を「ジョーダン」としか読めなくなっている事に気づく。


【夜景と光線ショー】

香港島を対岸にして、尖沙咀プロムナードが遊歩道として整備され、毎晩20時にレーザーライトのショー(シンフォニー・オブ・ライツ)の観覧ポイントになるので、時間が迫ると大勢の人で賑わう。ショーの時間は15分程度。無料イベントな分、無料なりの規模と演出だから、期待が大きすぎると肩透かしを喰らう。とはいえ、夕涼みに集う人達のリラックス感や、スピーカーから流れる歌謡曲といった、少し非日常な雰囲気が良い。

驟雨と霧で幻想的に醸し出された夜景

夜景を間近でゆったり眺めたいなら、スターフェリーが結構お薦め。九龍半島(尖沙咀)と香港島(中環または灣仔)を結ぶ5分間の船旅で、料金は50円程度、大体10分間隔で出ており、オクトパスカードで気軽に利用できる。海峡間の移動自体はメトロの方が早く、フェリーを使う必然性は少ないが、あえてこれに乗って、港街の風景を眺めるのは、香港ならではの良い思い出になるはず。

スターフェリーの乗船しての夜景鑑賞
昔海峡を結ぶのはフェリーのみだった

中環のフェリー船着場の隣に海事博物館があり、船と貿易で発展した都市に相応しい充実した展示内容だった。佐敦駅にほど近い香港歴史博物館も、包括的に歴史と文化が紹介され、優に数時間は過ごせる規模とレベルの高さ。見学する価値あり。


【お寺と信仰】

開運は信じないし、パワースポット巡りが好きなわけでもないが、旅先では有名な寺院を回る事が多い。建築に興味はあるものの、それよりは、著名な観光地は訪れておかないと損した気分になるという、貧乏性が理由。そんなわけで、黄大仙祠文武廟を訪れた。前者は香港最大で、後者は香港最古。

黄大仙祠はメトロ駅の傍にあり、人出が多く賑わっている。境内は庭園のような趣きの一方、周囲には高層ビルが目立ち、景観のコントラストが激しい。道教の寺院だが、特定の宗教に拘っておらず、願いを叶えたい者が自由に参拝できる。この包容力と、占い手法が整っている点が、人を呼び続ける要素かもしれない。困ったとき、悩んだとき、迷ったとき、ここに来て、道筋を見出す。

見事な設えの黄大仙。紅と黄で彩られている。

占いは、箱を振って竹棒の籤を引く、半月型の木片を2つ放り投げる、の2パターン。竹棒は筮竹(ぜいちく)といって、まず質問を念じ、箱を振って籤を引き出す。そこに記された番号に付随した解釈がお告げとなる。木片は聖杯といい、地面に放った2つの表裏の組み合わせが回答。いわば遊びで、どちらもシンプル極まりなく、結果を出しやすいところがポイント。その占いが当たる(当たった)かどうかは問題ではないのだろう。

跪き用のクッションで祈り占う人たち

両膝をつき姿勢を正す為、場にはクッションが置かれ、線香を持ち祈る人、箱を振る人、皆一心不乱の様子。お供えの果物を幾つも並べる敬虔な人もいて、信じようとする力そのものにパワーを感じる。日本にもおみくじはあるが、ここまで真剣な姿は見かけない。偶々なのか年配の人が多かったが、この熱心さは寺院そのものより印象に残った。

各言語による筮竹占いの手引書

文武廟は上環駅から坂を登った所の閑静なエリアに佇んでいる。惹かれたのは、円錐形をした渦巻状線香のビジュアル。建物は古く小規模なものの、人も少なく落ち着いた雰囲気。内部は採光に乏しいが、わずかに差し込む光と、薄暗い内部に灯された光源が、得も言われぬ古色感を演出し、漂う煙と相まって、独特の風情がある。渦巻状は線香を絶やさない為の工夫だが、整然と吊るされた姿は調和していて、屋内の紅基調の色彩と金色に輝く灯りとの相性も良かった。

渦巻線香が並ぶ様が美しい文武廟
紅色基調の内部は仄かな明かりで金色がより映える

文武廟の向かい側に、古物商や土産物屋が並ぶキャット・ストリート(摩羅上街)がある。レトロ(古い)でキッチュ(安っぽい)な品物が露店に並び、ブルース・リーや毛沢東グッズに郷愁(?)を感じる一方、高級感漂う伝統文物や骨董に目を見張ったりもする。いかにも昔の中国といった家具や玩具に、不思議と香港を感じるのは、香港映画を通じて中華圏を見てきた名残だろうか。大抵はガラクタや古物なので、買い物する気は最初から無かったが、見慣れないモノが多いだけに、一種博物館的な要素があり割合楽しめた。


【石畳の坂道】

文武廟からハリウッドロードを東に歩くと、ウォールアートの注目エリアを経て、ヒルサイド・エスカレータのミッドレベルに達する。映画「恋する惑星」でのワンシーンが印象的だったが、実際乗ってみると、どこが撮影ポイントが分からず、同じエースカレーターかさえ判別できない。鑑賞中は映画の世界に没頭してるので、頭の中の映像と見た目の景色は、残念ながら別物。

ヒルサイドエースカレータを任意の場所で降りて、街歩きの起点にすると、周辺には見どころも多いし、道に迷うことも少なく効率が良い。移りゆく街並みを眺め続けていると、ロープウェイを利用している感覚にもなる。

陽射しや雨を避けられるのも便利
エースカレータは片道なので帰りは辛い

香港駅または中環駅にほど近い、石畳の坂道ポッティンジャー・ストリートも、香港を象徴する風景。歩くごとに両脇の装いが変わっていく。見所は屋台のような売店が軒を並べた箇所で、雑貨や日用品や土産物が所狭しとディスプレイされている様は、いかにもアジアという感じ。坂の高低には、生活空間の差異が反映され、上に行くごとに瀟洒になる。

香港島は坂道の街

坂の多い香港は、だからこそ発展した。そびえる山が、湾内の貿易船を台風から護る衝立になるからで、仮に英国が目をつけなくとも、いつかは中国によって開発されていただろう。ただ善し悪しはともあれ、英国という異文明が植民地化したからこそ独自性が生まれ、それが中国本体ひいては世界にも影響を与えた。

勢力ある者が高地を占めるのは自然の理で、香港島も坂を登るほど、英国人が威張っていた名残が見受けられる。その最たるものが、夜景を一望できるヴィクトリア・ピークで、ネーミングはこのままで良いのかという気もするが、成り行きに任せ切るのもまた歴史だろう。

ほぼ段差が無い階段

ポッティンジャーを登った先には、近年注目の新スポット大館が鎮座している。旧警察署と監獄を、文化と芸術のハブにリフォームした入場無料の施設。”香港警察”と記したパトカーを現地で目にした時、ジャッキーの名作「警察故事」の主題歌が脳内に響き渡り、感激を覚えたものだが、一部遺構が残る敷地内の建物と、往時を示す展示物には、ヒーロー活劇とは縁遠い、香港の治安を司った場ならではのいかめしさが漂っていた。テナントはまだ入りきっておらず、部屋数も相当多いので、ざっと回るにとどめた。

營房大樓は宿舎として活用された建物

大館から西に徒歩5分ほどに孫中山記念館があり、孫文の生涯と辛亥革命について学べる。彼が革命思想を抱いたのは、当地に漂う西洋文明の空気と無縁でなかった事を考えると、中華世界の縁に異物として存在してきた香港の、今日にまで続く意義を感じる。維新の成功体験を持つ日本の有志と孫文の交流も深く、歯車の噛み合い方によっては、日中の間柄も違った展開があり得たかも、と惜しい。

孫中山記念館は坂上から見下ろす様な洋風建築

麓まで降りて、大通りを往来するトラムに乗ってみた。細長い長方体がすれ違う姿は、香港名物の風景のひとつ。歩き疲れたので休憩も兼ねて、中環から北角までを東西往復し、街の眺めを楽しんだ。2階に席を取り、交通渋滞の中を悠然と進む。窓が開けっ放しなので、激しい雨が吹き込んでくる事もあるが、それすら情緒に感じられるから不思議。ルートは香港島の大動脈で、見晴らし自体は良くないが、あらゆる建物と店舗、トラムとすれすれに行き交う人達の日常は見ていて飽きない。

対面のバス乗客と握手できるほど近くですれ違う
車体内部は質素ながら小綺麗

トラム乗車中、お腹の具合が少し悪くなってきた。中環ならいくらでもきれいなトイレを見つけられると高を括っていたら、大型ビルのトイレに鍵が掛けられているのには困った。タダで借りるのだから文句は言えないが、開放トイレを探すのに苦労したのは誤算。あと高級ショップが入っているようなビルでも、ウォシュレットなど付いている便座は皆無。日本が特殊なだけだが。

背の高いトラムが象徴するように、スペースを空中に見出す香港の只中では、常に高層建築に囲まれるから、全体に人工的な箱庭感があり、何となく空から見下されてる感じもする。せわしげな歩行者にピッタリなのが信号音で、青色のピッピッというテンポから、赤色が近くなると、ピピピピと連続音に変わり、「早よ行け!」という声が聞こえてくかのよう。耳の残るこれのお陰で、東京や大阪はもちろん、上海など中国の大都市と比べても、慌ただしい街という印象。

公園の何気ない噴水もお洒落

もっとも、半島の先端と小島からなる都市だけに、船着き場に赴けば、周囲の群島への船便が頻繁で、海とダイレクトに繋がる独特の顔を見せてもいる。香港に来たら大抵訪れるマカオもそんな行き先のひとつ。

100年の来歴を持つ香港の象徴、尖沙咀鐘楼

再び九龍に戻る。スターフェリーの発着場の近くには、遠目にも目立つ尖沙咀鐘楼が立っている。日本軍の香港占領期の古写真にも今と同じ姿が確認できる歴史的遺産。ここからアベニュー・オブ・スターズまでが、海の景色を堪能できる定番の散歩コース。地下道に入ると、それぞれ路線が異なる尖沙咀駅と尖東駅に繋がっており、次の目的地へもアクセスし易い。


【金魚と花と鳥】

旺角の北にはユニークな問屋街が広がっていて、金魚街、花屋街、バードガーデンの3つは、フォトジェニックなスポットとして、ガイドブックに取り上げられている。ホテルから近いので散策して回った。商品の性格上、正直、旅行者が買えないものばかりで、ウロウロ観光されるのは、店側にとって迷惑な気もするが、テーマごとに店舗が一箇所に集まるエリアは、観光の見所として宣伝しやすいのだろう。

実際なかなか楽しかった。目論見通り、見栄えが良かったせいもあるが、もっと大きな理由は、生活必需品ではなかったからかもしれない。すべて生命があるから目に触れる時間は有限で、しかも大して長くない。そんな愛玩物にお金を遣う。各商店の膨大な品数からは、それらを楽しむ人々の暮らし方が垣間見え、香港人の豊かさやゆとりが感じられる気がした。

袋に記載の価格で金魚の価値を見比べる

金魚たちはビニール袋の中に収まり、整然と陳列された様が絵になっている。多種が色鮮やかにゆらゆらうごめく姿は、心和ますものがあって、値段の安さから、こんなインテリアも悪くないという気さえ起きてくる。水草など他にも色んな袋もあり、飼育道は奥が深そうで、そこにハマる人もいるのかも。

南国らしい彩りもある花屋街

花屋街は道路沿いを鮮やかに彩っている。花以外の植物も豊富。こういった類の料金には疎いが、現地の感覚でもさほど高い値段ではないとの事。きれいなものを買い求めやすいという事情は、大げさに言えば幸福度とも繋がる。この界隈を心地良く歩けたのは、そんな気分のおすそ分けだったようにも思える。

バードガーデンは前者2つと違って、においと鳴き声で野生の趣き。生きた餌(虫)が詰まった袋などは生々しく物珍しい。鳥籠がずらりと並ぶが、籠の種類にはピンキリあり、まるで画の額縁のよう。行方不明鳥を探し求める掲示板に目を引かれた。写真と共に特徴が記され、どれも報酬を明記し、飼い主の悲嘆と、愛鳥への思いが伝わってくる。商売自体は金魚と同じでも、やっぱり魚と鳥では機微が違う。にしても、よしんば見つけたとして、果たして捕まえられるものだろうか。今日なら鳥に限らず、それ目的専用のアプリなどもありそう。

どこかに飛んで行った愛鳥を探し求める貼紙

土地の狭い香港は有名スポットを回るのに1週間も要らない。なので一通り巡った後は、次どこを開拓するか、どう深堀りしていくか、どこに居心地の良さを見つけるか、に関心が移り、そこに旅の愉しみ方がある。また香港は場所柄、中継点として立ち寄る機会も多い。それゆえに発展した都市でもあり、人が密集するサイトの見所は、探せば探すほど出てくるに違いない。

カラフルなブロックのような住宅群

魅惑のグルメ(香港1)

【香港事始】

機体が高度を下げると、海に緑の島々が散らばり、白い綿雲がその上に千切れた。都市の周辺は案外風光明媚な自然風景。香港を最後に訪れたのは2019年5月で、その後国情に変化が生じたから、直近の旅は従来の香港に触れた貴重な機会となった。

飲茶店のマンゴープリン 練乳シロップを泳ぐ

夏は亜熱帯特有の蒸し暑さで、反面、屋内は冷房が効き過ぎて凍える。定番の服装は、上は吸汗性の良いインナーに薄手の長袖シャツを羽織り、下は軽快なハーフパンツ。急なスコールに備え、いずれも速乾性のものを選び、足元は濡れても平気な履物、もちろん日差し対策で帽子も。袖を捲り易いリネンシャツはお薦めで、風通し良く蒸れないし、袖を下ろして前を閉じれば、冷えた場所でも寒さを防げる。

香港の旅費は、宿泊費が高く、交通費は安い、あとは自分の消費次第となる。たとえば食事だと、飲茶でお腹一杯食べて3,000円弱、食堂のお粥や麺や丼が600円前後。お酒なら、小綺麗なバーのビール1杯1,000円超、ただしハッピーアワーなら半額などなど幅が広い。高級店を別にすれば日本と大差ないか、やや安い感覚で、予算に神経を遣う事は無い。レートは1香港ドル ≒ 約15円で換算しておけば大抵外れず、人民元ともほぼ同じ。

香港の必須アイテムがオクトパスカードで、各交通機関で割引利用出来るほか、コンビニなど街中の対応店舗でも使用可。購入やチャージは、空港内のエアポートエクスプレス駅手前の窓口のほか、自販機でも簡単に手続きできる。

空港から市内へのアクセスは多種多様。最速はエアポートエクスプレス(100ドル)で、20分ほどで市内中心部に着く。急がない場合は、空港からS1バスでMTR東涌線の駅まで繋ぎ、そこからメトロで市内へ向かう。空港からのバス代は3.5ドル。メトロ料金は20〜40ドル程度が目安。市内までの所要時間は、バスとメトロの接続や降車駅によるが、1時間程度。市内まで直通のバスもあるが、時間帯によっては渋滞に巻き込まれるのがネック。
参照:空港⇔市内のアクセス(HONGKONG navi

空港のS1乗り場 便はわりと頻繁

バスは乗車時、読み取り機にカードを当て、ピっと鳴れば清算完了。2階の最前列などは見晴らしが良く、ツアーバスのよう。もっとも2階の奥まった座席は、満員時だと降りるとき時間が掛かる事がある。

きれいな2階建てバスの車内

ホテルはいつも旺角エリアで取る。中心部から離れる分廉価なのが主な理由だが、アクセスは悪くなく、周囲に見どころも点在、賑やかな繁華街だが、下町の風情も兼ね備えるなど、様々な顔を持つ。ホテル料金は幅が大きく、週末は2倍に跳ね上がる事もある。ある金曜日にチェックインした時、団体客用に部屋を融通したからと、スイートルームに泊まらせてくれた事があった。高い週末価格に見合ったと喜んだものだが、相場なんて有って無いようなものだとも感じた。


【ヤムチャ】

飲茶は広州が本場だが、自分には香港のイメージが染み付いていて、楽しみの1つだった。倫敦大酒楼は、九龍半島の大動脈ネイザンロード(彌敦道)沿いにあり、ガイドブックにも必ず載っている老舗。昼と夜どちらも行ったが、比較的空き落ち着いて食事できる平日夜より、むしろフロア全体が満席で大喧騒の休日昼の方が面白かった。入った瞬間、凄まじい声量の圧力に包まれ、これぞ香港という雰囲気が満載。

数百人収容のホール内は圧倒的な喧騒

まずお茶を選び、食事は品番号と数をオーダー用紙に記入して注文する。日本のガイドブックに載るような店には、大抵日本語メニューの用意があった。昼だとほかに、蒸籠を積載した周回ワゴンを捕まえたり、カウンターに赴いて注文する方法もある。いずれも一品ごとにスタンプが押され、あとで精算する仕組み。値段は1品大体20〜30ドルほど。土日祝は1ドル加算。

飲茶では、何を選ぶかより、何を選ばないかがポイント。品数に目移りし、あれもこれも頼んだ挙げ句、食べ切れないのが初心者の罠。食べ慣れたもので攻めるか、見たことないものに挑戦するか、思案のしどころ。点心は日本より大ぶりで、ひと籠でも結構ボリュームがあるから、最初は抑え気味にして、腹具合に応じて追加注文するのがベター。

蝦餃、鮮竹巻、焼賣、叉焼饅、茶($125)

超定番の蝦餃(ハーガウ)、焼賣(シュウマイ)、叉焼饅(チャーシューバオ)は、手堅い反面、驚きも少ない味。特にお気に入りでない限り、どれかひと籠あれば充分だった。スープに浸された湯葉巻きの鮮竹巻(シンチョッグン)は、味が染みた湯葉の食感と肉の旨味が口中に拡がる。これはリピート確定。

鮮竹巻(ゆば巻きとオイスターソース蒸し)

春巻は日本でもポピュラーだが、中華圏の食堂でよく見かけるクレープ包みの腸粉(チョンファン)は初めて。ジューシーな春巻と合わせたせいか、やや淡白な印象。具材とタレで決まる一品なので、その味付けが物足りないように感じたが、他の店でまた食べ比べしてみたい。

春巻と腸粉(叉焼の米粉皮包み)

鶏肉ちまきの糯米鶏(ローマイガイ)は、いわゆる中華風おこわで、蓮の葉と醤油ダレの香りも美味のうち。具がぎっしり詰まり、もち米も重量なので、食べごたえ満点の一方、最後に回すとお腹にきつい。

糯米鶏(鶏の蓮葉ちまき)

超定番の小籠包は中のスープが熱々。旨いが普通と言えば普通で、あえてここで食べなくても良かったかも。薄透明の皮がもちもちの潮州風蒸し餃子はパクチー(香草)が入っていたのが誤算。1つ1つが大きいので、シェアすべき一品だった。

小籠包と潮州風蒸し餃子

肝心のお茶について。周囲を見回すと、器や箸をお茶でゆすぐ行為が目についた。それ用の小椀も出される。消毒作業の名残だが、現在はその必要性も無く、もし気になるなら、ウェットティッシュで拭き取る方が早い。ただ、その仕草に風情を感じ、見様見真似してみると、ドボドボと脇にこぼしてしまい、テーブルクロスを湿らせただけに終わった。お茶はお代わり自由で、ポットの蓋をずらせば合図になる。中国産のお茶は中華料理に合うという、当たり前の事に気付かされもする。

料理はできたてが来るので、湯気立つ姿が嬉しい。次々提供される中、ゆっくり味わいたい、けど冷めないうちに食べたい相克に悩まされる。飲茶は元来社交を楽しむ空間なので、品数を多く注文できる事から、大人数で訪れた方がポテンシャルを活かせるのは確か。とはいえ、ひとり客がいないわけではなく、常連と思しき地元の年配客が、食べ終わった後も、店内の混雑を意に介さず、ゆっくり新聞を広げて、お茶を楽しむ姿もあった。忙しい店員もいやな顔をせず、時たま会話を交わしたりする。そんな食文化こそ醍醐味と感じ入った。

もう少し落ち着いた飲茶なら、尖沙咀の點一龍もお薦め。きれいで静かな店内は、同じ飲茶でも違った趣きがある。一品の値段は、倫敦大酒楼より心持ち高い程度なので、装いと立地を考慮すると充分リーズナブル。客層も落ち着いた感じだった。

くつろげる飲茶店、點一龍

舌鼓をうったのは春巻きで、薄皮のパリパリ加減と下味がしっかりついた具材が高い次元で融合していて、お代わりしたかったほど。街がまだ目を覚ましきらない朝の時間帯に訪れたので、慌ただしさの無いひと時を味わえたのも良かった。


【中国式お粥】

飲茶は日本でも楽しめるが、お粥の美味さは現地でしか味わえない。毎回訪れる妹記生滾粥品は有名店のわりには店構えが素朴。旺角花園街の雑居ビル3階にあり、まず1階の公設市場のローカル度と生活臭に度肝抜かれる。お店はフードコートの一角を占め、4人掛け丸テーブルに適当に空席を見つけ、メニューを持ってきた店員にさくっと注文する流れは、ひと昔前のアジアの一風景。厨房は丸見えで、年季の入った寸胴鍋は年季が入り、いかにも美味いものが煮込まれてそうな気配。一品は30〜40ドル程度。揚げパン(炸油條)を付けると満足度が増す。

具は魚の切り身や豚のつみれ団子など、組み合わせは様々、粥の中で味が主張し合うこともない。熱々の口あたりは濃厚でコクがあり、醤油を少し加え塩加減を調節し、生姜を乗せればもっと美味。滋養ある食事を摂っている感じがして、毎日食せば健康促進にも効果がありそう。

魚と肉団子のお粥($42)炸油條($10)

香港では混んでいる際は相席が基本。日本の観光客が満悦してる様子に、同席だった皺くちゃのお婆さんと中年の女性も嬉しそうな表情。外国人は珍しくない筈だが、地元の食事が気に入られるのはやはり気分が良いようだ。個人的な感想だが、粥はピカピカのお店より、庶民派のお店で食べたほうが落ち着くし、味わい深い気がする。このほかでは、上環の生記粥品専家も美味かった。


【B級グルメたち】

一品で満腹にならないB級グルメは、食べ歩きに都合が良い。価格は1,000円を超えず、店内はどこも狭く、隣や後ろの客と肘や背中を突き合わせながら食べる。ガイドブックで目立つものを試してみたが、結論から言うと、その料理だけで満足して店を出る事は少なかった。平たく言えばファーストフードなので、味はそれなりだが、あえてまた来たい、というほどでもない。

まず香港島の上環〜中環エリアから。ピンポン雲呑のビジュアルが印象的な沾仔記は、日本のラーメンの醤油と塩の中間のようで、且つ甘みもあるスープに、細い縮れ麺がよく絡む。大ぶりのエビ雲呑と合わせて、意外にボリュームがあるが、少しあとに引く味。

沾仔記のピンポン雲呑麺($26)

九記牛腩では牛バラ麺のカレー風味を食す。出汁に香るカレーはあっさり味で、スープが染み込んだバラ肉がほろほろと崩れる。麺は半透明でのど越し良く、つるりと平らげられる。たまたま脂が胃腸と相性悪かったのか、あとでお腹を下した。

九記牛腩の牛バラ麺カレー風味($43)

パリパリの皮が艶めくガチョウのロースト乗せご飯は、店によって当たり外れがある。3つ店を試して、最も満足したのは一樂燒鵝の馳名脆皮燒鵝飯。ミシュラン効果らしく、店内は立錐の余地も無いほど混雑し、メニューを吟味するのも手間で、着席するなり「あれと同じのを」と注文。この料理のポイントは、皮の香ばしさは無論、肉の柔らかさとタレの染み込み具合だが、どちらも程良かった。けどテイクアウトならともかく、またあの人混みに突入するくらいなら、新たな店を開拓する方を選ぶ。

一樂燒鵝のガチョウロースト飯($50)

九龍半島ネイザンロード沿い、佐敦の麥文記麵家は、海老ワンタンがメインメニューだが、微粒の海老の卵をまぶした麺が物珍しいので試してみた。ぼそぼそした食感なので、付随のスープと和えながら食べ進める。ほのかに海老の風味が漂うが、具無しなのでサイドメニュー感覚の一品。

麥文記麵家の海老の卵麺($44)

油麻地にある興記煲仔飯の土鍋飯は初体験の味。ここは良かった。具は牛肉やソーセージなど色々あるが、もちろん鰻を選択。出された土鍋を開けようとしたら、上蓋が熱い!高温で熱されたものを素手で掴んだから火傷しそうになった。目の前に座った実直そうなビジネスマンも、蓋に触れるなりビクッと手を引っ込めたが、表情だけは冷静なのが可笑しい。醤油だれをかけ、再度蒸らすとより美味くなるらしいが、その時はそうと知らず。鰻はややクセのある風味だが、醤油の香りとマッチし、うな重とはまた違った魅力。暑い季節でも身体の中が温まる感覚は心地良い。

興記煲仔飯の鰻の土鍋飯($60)
やや広めの興記煲仔飯の店内

佐敦と油麻地間の一帯は廟街(テンプルストリート)なるナイトマーケットで、夜は屋台が連なり、人で賑わっている。沢木耕太郎が「深夜特急」で描いた香港の熱気は、この辺りが現場。ただ体感した限り、エネルギーはその当時よりは落ちているようだった。


【お茶とお酒とお菓子】

お茶休憩で訪れた緻好茶館は思い出深い。最初テーブルに丁寧に紙が3枚敷かれた時は、いかにももてなしを受けているようで、相席の食堂とは一線を画す雰囲気。茶葉が入った円筒のグラスを用い、お湯を継ぎ足しながら、何杯もゆっくり味わう。杏のドライフルーツが、お茶請けとして良く合っている。このお店は閉店してしまったが、お茶文化を共有する東アジアでは、カフェのチェーン店より、一葉幾らのお茶を楽しむ時間も大事にしたい。

鉄観音のセット 甘味のおつまみ付き($128)

お洒落な夜の香港の代名詞が蘭桂坊(ランカイフォン)で、坂の上にある。一帯には洋風の店が並び、ビジネスマン風の西洋人の姿が目につくが、メニュー看板を示して客引きするスタッフが声を掛けてくるなど、観光地的な様相もあった。夕暮れ時にインソムニアに入ってみた。夜本番前だけにやや閑散として、のんびり店内カウンターでビールを嗜む。ハッピーアワー価格で1杯36ドル。都内のバーで飲むのとあまり変わらない心持ちで、夜更けに開催されるライブを楽しんでこその店のよう。

蘭桂坊 インソムニアの店内

ネイザンロード沿いにある油麻地のバーThe Baliは、付近で食べ歩いた後、落ち着ける店という点で穴場だった。香港明星の御用達らしく、数多の来店写真が誇らしげに展示されている。ハッピーアワー3杯で56ドル。店内テレビにはACL中継で日本のクラブが映し出され、テラス席で談笑する仕事帰りらしいグループを見るにつけ、良い意味で異国感が薄れてくる。いずれにせよ、大通りに面して、かつ駅近の店は、帰りの足を気にしなくて良いので助かる。

壁を彩る香港明星たち

最後にスイーツを少し。尖沙咀の有名店澳門茶餐廳でエッグタルトを試す。澳門とはマカオのこと。茶餐廳というスタイルの店のフロントでタルトを販売している。手の平より少し小さいサイズで、タルトの表面の焦げ目が香ばしそうで食欲をそそる。1個9ドルを3個注文。結論から言うと、パイのサクサク感とタルトの甘みは、それなりに美味しいが、予想を超えない範囲の味でもあり、食事後のおまけの1個という位置付け。

焦げ目が欠かせないポイント

小腹が空いた時は、街中の屋台で見かける鶏蛋仔(エッグワッフル)がお薦め。卵形状のベビーカステラが円状に30個ほど繋がった形は、アジア各国でもお馴染みのビジュアル。味付けはいろんなアレンジがあるが、まずはプレーンを食すべき。ほんのり甘く、しかし甘すぎず、飽きのこない絶妙の風味に、少しカリッとした表面としっとりした中身の食感は、シンプルながら完成度が高い。こぼすことも手を汚すこともないから、食べ歩きしやすいし、その形状からちぎって分け合うにも便利。1枚10ドル程度。日本でも流行ってほしいお菓子だ。