カジノ勝負(マカオ)

【澳門へ海を渡る】

マカオの街は黄金期ポルトガルの東洋拠点として発展し、英国の植民地だった香港よりも歴史が古い。欧州風の街並みが遺り、戦国時代の日本に来航した宣教師と商人たちも、この港市から宗教や武器や商品を携えやって来た。17世紀に広州が対外貿易港として開放されると存在価値が薄れ、以後緩やかに保養地にシフトし、やがて今日の一大娯楽都市へと変貌した。

香港との往来はバスで港珠澳大橋を渡るか、スピードボートで海を渡るかの2通り。港珠澳大橋が香港国際空港のすぐ隣にある一方、ボートの港は街の中枢に位置し、バスは安くて早いが、場所的な利便性はボートが勝る。状況によって使い分けるのが一般で、たとえば空港着後そのまま大橋でマカオに渡り、帰りはボートで香港中心部に戻る、またはその逆という具合。

カラフルなセナド広場の夜景

マカオは特別行政区なので入出境にはパスポートが要る。それを除けば、マカオ市内は香港ドルも使えるし、船もバスも便が頻繁だから、同国内の移動とほぼ変わりない。ただしネット環境については、香港用SIMがマカオでは繋がらないので、両方に対応するSIMが必要。
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【愉しい高速船】

ターボジェット噴射飛航は、港珠澳大橋が架かるまでマカオへの一般的な交通手段だった。とはいえ港珠澳大橋は街から少し遠いので、出発港が上環駅に連結する船便の利用価値はいまだ健在。噴射飛航の乗船自体が観光体験でもある。それを意識してか、船体は赤い流線型にデザインされ、乗り場も何となくアトラクション風で楽しい。所要約1時間で料金160ドル(平日昼)。

ターボジェット乗り場

座席は検札時に係員から貼付される番号シールで確定する。土日は混むものの、大抵はゆったり座れる。船内はきれいで快適だが、冷房がきついので羽織るものがあった方が良い。バスより時間もお金も掛かるが、波を切って走る海景色は、イヤホンから流れるどんなジャンルの音楽にも合い、愉しい時間を過ごせる船旅は捨てたものではない。

荒天時は速度を落とすので到着が遅れる。長時間ゆらりゆらり揺れ続ければ船酔い客も出る。同列にいたおばさんなどは症状が甚だしく、散々えづいた挙げ句、ついに座席テーブルに突っ伏し、両腕をだらんと下げ、そのまま動かなくなった。そこまでしてギャンブルに行かなくてもいいのに。連れと思しき周囲からもくすくす忍び笑いが漏れていた。

広々と快適なターボジェット船内

マカオの港澳客輪碼頭に着き外に出ると、バスターミナルが目の前にあり、コスチュームをまとったお姉さん達が異彩を放っている。大手ホテルの無料シャトルバス宣伝兼案内係で、我が目的地リスボアのバスも待機中でこれに乗り込む。近場で済ませたいなら、港から徒歩5分に海立方があり、最低賭け金が低い分だけ長く遊べる。

バスは乗客が溜まり次第出発する。ほどなく蓮の花を型どる黄金の高層ビル、グランド・リスボアが見え、俗っぽく品の無い姿からギラついた欲望がストレートに伝わり、カジノ都市に来た実感が湧いてくる。リスボアがお薦めポイントは、世界遺産が密集するセナド広場まで徒歩10分なので、散財と観光をセットで楽しめるところ。


【遊びをせんとや】

リスボアのカジノは2種類ある。1つはシャトルバスが乗り付けるグランド・リスボア、もう1つが、おもちゃ感漂う隣の老舗ホテル・リスボア。後者が「深夜特急」で描かれた熱気溢れる勝負の舞台とされる。

初カジノとあって、グランド・リスボアの豪華な内装と広さに圧倒され、暫く夢遊病者のごとく館内を歩き回った。ステージ設置のフロアでは美女ショーが開催される。幕間が長いため鑑賞の機会は乏しいが、無料提供されるゴージャス感に自分がリッチになった錯覚を覚え、まさに思うツボである。

場に慣れた頃、交換窓口で香港ドルをチップに替え、目当てのゲーム「大小」に挑戦。入りやすそうな台を物色し、様子見と出目を読む練習をしてから、根拠無く自信がついた時、チップを台上に投じた。賭けが締め切られ、サイコロの出目3つと、大 or 小の結果が電光掲示板に表示される。ぐっと集中するその瞬間に賭け事の醍醐味が詰まっている。

ビギナーズラック発動であっという間に1泊分ほどの利益が出た。呆気なさに胡散臭さとこみ上げる嬉しさが混ざる。以降チップはすぐ減り始めた。勝率は変わらないのに、手持ちが乏しくなるほど、勝てる気がしなくなる。そこが止め時なのだけど、遊ぶこと自体が目的でもあったので、残金が尽きるまであえてつき進み、終戦まであっという間だった。

案外未練なくあとは場内の様子を楽しんだ。ディーラーによって客数が劇的に異なるのは興味深かった。ディーラー交替のタイミングで客がすっと離れたりもする。職業がら皆一様に無表情で接客もルーチン通りにも関わらず、醸し出される場の空気には差異がある。人集めの秘訣があるようだが、それが具体的に何かはよく解らない。各台には直近15回の結果表が掲示され、例えば「大大大大大大大」と連続中の台などは自然に人を引き寄せていたが、それはテクニックの1つに過ぎなさそう。結局ホストのバイタリティに帰結するのかもしれない。

奥の方ではひとつのバカラ台が沸騰し、いい年をしたおやじ達が慣れた手つきでカードを操り丁々発止、大声を出し鋭い視線をぶつけ合っていた。熱中ぶりには金銭的欲望を超えた活力が漲り、賭け狂いが嫌いな自分でさえ、これほど興奮できる人生はさぞ愉快だろうと、素直な気持ちで羨ましく感じた。

お客の服装は老若男女みなラフだったが、各台上のチップの厚みを見ると、このフロアだけでも相当な金額が行き交っているのが見て取れる。しかも24時間365日。自分に縁の無い世界とはいえ、あからさまな人間の業と人間の性の真っ只中に身を置くのは不快ではなかった。


【超能力はある?】

カジノの去り際、大小の台を眺めているうち、ふいに出目が読める感覚にとらわれる不思議な体験をした。大か小かが見えるというより、3つの賽の目が脳裏に浮かぶのでそれらを足す。脳内予測は次々的中し、出目までピタリ合うことも。本番なら大金だったのにと夢想しつつ、そのうち運(?)を遣うのが惜しくなったのと、勝った(?)まま終わりたかったので、10連勝ほどで打ち止めた。

とにかく賭けてる時といない時の精神状態には天地の差がある。頭では分かっても、経験しなければ本当には分からないものだ。ギャンブル中は心の平衡を失い視野が極度に狭まるので、どこまで明鏡止水の境地に達せるかがわかれ目になる。当たる感覚は賭ける気ゼロだったから起こった現象だろう。

超能力の解釈については科学の範囲と思っている。証明されなければされないでそれも1つの成果。サイコロは発信しないので、今回のはテレパシーではなく予知能力。けど勘には経験に基づく根拠と確度があるが、賽の目にそれは関係ない。意識がサイコロに向かっていたから望む結果を得られたのだとしたら、訓練のし甲斐があるというもの。

で、後日2度再戦した。1度目は執着が強すぎたのか瞬殺。2度目はお金を捨てるつもりで取り組み、そのせいか序盤好成績だったが、チップを投じるのを躊躇った回で予測が的中したのを悔やみ、そこから一気に崩れ落ちた。どうも精神と予知には相関関係があるらしい。

ちなみにカジノ遊びは別段マカオまで行く必要も無いのだが、習慣化しないよう、ギャンブルは遠距離での遊びとルール化しておくのが無難。


【マカオの顔】

マカオ市街の景色は香港に似た印象だが、セナド広場一帯は別。噴水と波打つ模様のモザイクタイルはテーマパークの様相ながら、欧風の景観には歴史に根付いた重みがあり、大陸の傍でこの港街が担っていた役割に思いを馳せる。避暑がてら閑静な教会に佇んでいると、自分がどこに居るのか分からなくなった。

ランドマークの聖ポール天主堂跡は小高い丘に建ち、表面一枚の姿はまるで舞台の書割。高所を占め、かつて当地の支配者が誰かを誇示していた建物が、表面だけでバックが無いという、奇妙な残骸として遺ったところに栄枯盛衰の象徴を感じる。

セナド広場のランドマーク聖ポール天主堂跡

このエリアの観光は1時間もあれば充分だが、日中はどこも混雑し、暑さと相まってひどく疲れた。個人的にはライトアップが綺麗な宵の口の街歩きもオススメ。人通り少なく涼しい夜の散歩は昼間と違った町の顔があり、光が行き渡る細い路地ひとつにも味わいがあった。

フォトジェニックな路地

欧風の建物と椰子の組み合わせが妙

帰りについて。安く港珠澳大橋から香港へ戻る場合、カジノの無料バスでフェリーターミナルへ移動し、そこから発着する無料バスで澳門口岸まで乗り継ぐ事が可能。時間は掛かるが、大橋を渡るバス運賃65香港ドルだけで済む。ちなみにリスボアから無料バスに乗るには、2階カウンターでチケットを貰う必要あり。

香港とマカオ共にバスターミナル施設はだだっ広く、中国の高鉄駅構内に近いつくり。大陸ほどチェックの厳しさは無いものの、気分的にはここだけ中国の観あり。海を渡す世界最長の橋だけに、大海に浮かぶ景色を想像していたが、車窓からは常に群島が目に入るため、それほど海の上感は無かった。
参照:港珠澳大橋利用ガイド(マカオ政府観光局)

マカオを去る時、車窓から夜景を望むと、空にはそれ自体がショーの様なカジノの電飾、地上には見慣れた中華街のネオンが、隔たれた2つの世界を顕している。それらの併存がこの街独特の顔として魅力的に映り、いつかまた来ようと、後ろ髪を引かれるのだった。