魅惑のグルメ(香港1)

【香港事始】

機体が高度を下げると、海に緑の島々が散らばり、白い綿雲がその上に千切れた。都市の周辺は案外風光明媚な自然風景。香港を最後に訪れたのは2019年5月で、その後国情に変化が生じたから、直近の旅は従来の香港に触れた貴重な機会となった。

飲茶店のマンゴープリン 練乳シロップを泳ぐ

夏は亜熱帯特有の蒸し暑さで、反面、屋内は冷房が効き過ぎて凍える。定番の服装は、上は吸汗性の良いインナーに薄手の長袖シャツを羽織り、下は軽快なハーフパンツ。急なスコールに備え、いずれも速乾性のものを選び、足元は濡れても平気な履物、もちろん日差し対策で帽子も。袖を捲り易いリネンシャツはお薦めで、風通し良く蒸れないし、袖を下ろして前を閉じれば、冷えた場所でも寒さを防げる。

香港の旅費は、宿泊費が高く、交通費は安い、あとは自分の消費次第となる。たとえば食事だと、飲茶でお腹一杯食べて3,000円弱、食堂のお粥や麺や丼が600円前後。お酒なら、小綺麗なバーのビール1杯1,000円超、ただしハッピーアワーなら半額などなど幅が広い。高級店を別にすれば日本と大差ないか、やや安い感覚で、予算に神経を遣う事は無い。レートは1香港ドル ≒ 約15円で換算しておけば大抵外れず、人民元ともほぼ同じ。

香港の必須アイテムがオクトパスカードで、各交通機関で割引利用出来るほか、コンビニなど街中の対応店舗でも使用可。購入やチャージは、空港内のエアポートエクスプレス駅手前の窓口のほか、自販機でも簡単に手続きできる。

空港から市内へのアクセスは多種多様。最速はエアポートエクスプレス(100ドル)で、20分ほどで市内中心部に着く。急がない場合は、空港からS1バスでMTR東涌線の駅まで繋ぎ、そこからメトロで市内へ向かう。空港からのバス代は3.5ドル。メトロ料金は20〜40ドル程度が目安。市内までの所要時間は、バスとメトロの接続や降車駅によるが、1時間程度。市内まで直通のバスもあるが、時間帯によっては渋滞に巻き込まれるのがネック。
参照:空港⇔市内のアクセス(HONGKONG navi

空港のS1乗り場 便はわりと頻繁

バスは乗車時、読み取り機にカードを当て、ピっと鳴れば清算完了。2階の最前列などは見晴らしが良く、ツアーバスのよう。もっとも2階の奥まった座席は、満員時だと降りるとき時間が掛かる事がある。

きれいな2階建てバスの車内

ホテルはいつも旺角エリアで取る。中心部から離れる分廉価なのが主な理由だが、アクセスは悪くなく、周囲に見どころも点在、賑やかな繁華街だが、下町の風情も兼ね備えるなど、様々な顔を持つ。ホテル料金は幅が大きく、週末は2倍に跳ね上がる事もある。ある金曜日にチェックインした時、団体客用に部屋を融通したからと、スイートルームに泊まらせてくれた事があった。高い週末価格に見合ったと喜んだものだが、相場なんて有って無いようなものだとも感じた。


【ヤムチャ】

飲茶は広州が本場だが、自分には香港のイメージが染み付いていて、楽しみの1つだった。倫敦大酒楼は、九龍半島の大動脈ネイザンロード(彌敦道)沿いにあり、ガイドブックにも必ず載っている老舗。昼と夜どちらも行ったが、比較的空き落ち着いて食事できる平日夜より、むしろフロア全体が満席で大喧騒の休日昼の方が面白かった。入った瞬間、凄まじい声量の圧力に包まれ、これぞ香港という雰囲気が満載。

数百人収容のホール内は圧倒的な喧騒

まずお茶を選び、食事は品番号と数をオーダー用紙に記入して注文する。日本のガイドブックに載るような店には、大抵日本語メニューの用意があった。昼だとほかに、蒸籠を積載した周回ワゴンを捕まえたり、カウンターに赴いて注文する方法もある。いずれも一品ごとにスタンプが押され、あとで精算する仕組み。値段は1品大体20〜30ドルほど。土日祝は1ドル加算。

飲茶では、何を選ぶかより、何を選ばないかがポイント。品数に目移りし、あれもこれも頼んだ挙げ句、食べ切れないのが初心者の罠。食べ慣れたもので攻めるか、見たことないものに挑戦するか、思案のしどころ。点心は日本より大ぶりで、ひと籠でも結構ボリュームがあるから、最初は抑え気味にして、腹具合に応じて追加注文するのがベター。

蝦餃、鮮竹巻、焼賣、叉焼饅、茶($125)

超定番の蝦餃(ハーガウ)、焼賣(シュウマイ)、叉焼饅(チャーシューバオ)は、手堅い反面、驚きも少ない味。特にお気に入りでない限り、どれかひと籠あれば充分だった。スープに浸された湯葉巻きの鮮竹巻(シンチョッグン)は、味が染みた湯葉の食感と肉の旨味が口中に拡がる。これはリピート確定。

鮮竹巻(ゆば巻きとオイスターソース蒸し)

春巻は日本でもポピュラーだが、中華圏の食堂でよく見かけるクレープ包みの腸粉(チョンファン)は初めて。ジューシーな春巻と合わせたせいか、やや淡白な印象。具材とタレで決まる一品なので、その味付けが物足りないように感じたが、他の店でまた食べ比べしてみたい。

春巻と腸粉(叉焼の米粉皮包み)

鶏肉ちまきの糯米鶏(ローマイガイ)は、いわゆる中華風おこわで、蓮の葉と醤油ダレの香りも美味のうち。具がぎっしり詰まり、もち米も重量なので、食べごたえ満点の一方、最後に回すとお腹にきつい。

糯米鶏(鶏の蓮葉ちまき)

超定番の小籠包は中のスープが熱々。旨いが普通と言えば普通で、あえてここで食べなくても良かったかも。薄透明の皮がもちもちの潮州風蒸し餃子はパクチー(香草)が入っていたのが誤算。1つ1つが大きいので、シェアすべき一品だった。

小籠包と潮州風蒸し餃子

肝心のお茶について。周囲を見回すと、器や箸をお茶でゆすぐ行為が目についた。それ用の小椀も出される。消毒作業の名残だが、現在はその必要性も無く、もし気になるなら、ウェットティッシュで拭き取る方が早い。ただ、その仕草に風情を感じ、見様見真似してみると、ドボドボと脇にこぼしてしまい、テーブルクロスを湿らせただけに終わった。お茶はお代わり自由で、ポットの蓋をずらせば合図になる。中国産のお茶は中華料理に合うという、当たり前の事に気付かされもする。

料理はできたてが来るので、湯気立つ姿が嬉しい。次々提供される中、ゆっくり味わいたい、けど冷めないうちに食べたい相克に悩まされる。飲茶は元来社交を楽しむ空間なので、品数を多く注文できる事から、大人数で訪れた方がポテンシャルを活かせるのは確か。とはいえ、ひとり客がいないわけではなく、常連と思しき地元の年配客が、食べ終わった後も、店内の混雑を意に介さず、ゆっくり新聞を広げて、お茶を楽しむ姿もあった。忙しい店員もいやな顔をせず、時たま会話を交わしたりする。そんな食文化こそ醍醐味と感じ入った。

もう少し落ち着いた飲茶なら、尖沙咀の點一龍もお薦め。きれいで静かな店内は、同じ飲茶でも違った趣きがある。一品の値段は、倫敦大酒楼より心持ち高い程度なので、装いと立地を考慮すると充分リーズナブル。客層も落ち着いた感じだった。

くつろげる飲茶店、點一龍

舌鼓をうったのは春巻きで、薄皮のパリパリ加減と下味がしっかりついた具材が高い次元で融合していて、お代わりしたかったほど。街がまだ目を覚ましきらない朝の時間帯に訪れたので、慌ただしさの無いひと時を味わえたのも良かった。


【中国式お粥】

飲茶は日本でも楽しめるが、お粥の美味さは現地でしか味わえない。毎回訪れる妹記生滾粥品は有名店のわりには店構えが素朴。旺角花園街の雑居ビル3階にあり、まず1階の公設市場のローカル度と生活臭に度肝抜かれる。お店はフードコートの一角を占め、4人掛け丸テーブルに適当に空席を見つけ、メニューを持ってきた店員にさくっと注文する流れは、ひと昔前のアジアの一風景。厨房は丸見えで、年季の入った寸胴鍋は年季が入り、いかにも美味いものが煮込まれてそうな気配。一品は30〜40ドル程度。揚げパン(炸油條)を付けると満足度が増す。

具は魚の切り身や豚のつみれ団子など、組み合わせは様々、粥の中で味が主張し合うこともない。熱々の口あたりは濃厚でコクがあり、醤油を少し加え塩加減を調節し、生姜を乗せればもっと美味。滋養ある食事を摂っている感じがして、毎日食せば健康促進にも効果がありそう。

魚と肉団子のお粥($42)炸油條($10)

香港では混んでいる際は相席が基本。日本の観光客が満悦してる様子に、同席だった皺くちゃのお婆さんと中年の女性も嬉しそうな表情。外国人は珍しくない筈だが、地元の食事が気に入られるのはやはり気分が良いようだ。個人的な感想だが、粥はピカピカのお店より、庶民派のお店で食べたほうが落ち着くし、味わい深い気がする。このほかでは、上環の生記粥品専家も美味かった。


【B級グルメたち】

一品で満腹にならないB級グルメは、食べ歩きに都合が良い。価格は1,000円を超えず、店内はどこも狭く、隣や後ろの客と肘や背中を突き合わせながら食べる。ガイドブックで目立つものを試してみたが、結論から言うと、その料理だけで満足して店を出る事は少なかった。平たく言えばファーストフードなので、味はそれなりだが、あえてまた来たい、というほどでもない。

まず香港島の上環〜中環エリアから。ピンポン雲呑のビジュアルが印象的な沾仔記は、日本のラーメンの醤油と塩の中間のようで、且つ甘みもあるスープに、細い縮れ麺がよく絡む。大ぶりのエビ雲呑と合わせて、意外にボリュームがあるが、少しあとに引く味。

沾仔記のピンポン雲呑麺($26)

九記牛腩では牛バラ麺のカレー風味を食す。出汁に香るカレーはあっさり味で、スープが染み込んだバラ肉がほろほろと崩れる。麺は半透明でのど越し良く、つるりと平らげられる。たまたま脂が胃腸と相性悪かったのか、あとでお腹を下した。

九記牛腩の牛バラ麺カレー風味($43)

パリパリの皮が艶めくガチョウのロースト乗せご飯は、店によって当たり外れがある。3つ店を試して、最も満足したのは一樂燒鵝の馳名脆皮燒鵝飯。ミシュラン効果らしく、店内は立錐の余地も無いほど混雑し、メニューを吟味するのも手間で、着席するなり「あれと同じのを」と注文。この料理のポイントは、皮の香ばしさは無論、肉の柔らかさとタレの染み込み具合だが、どちらも程良かった。けどテイクアウトならともかく、またあの人混みに突入するくらいなら、新たな店を開拓する方を選ぶ。

一樂燒鵝のガチョウロースト飯($50)

九龍半島ネイザンロード沿い、佐敦の麥文記麵家は、海老ワンタンがメインメニューだが、微粒の海老の卵をまぶした麺が物珍しいので試してみた。ぼそぼそした食感なので、付随のスープと和えながら食べ進める。ほのかに海老の風味が漂うが、具無しなのでサイドメニュー感覚の一品。

麥文記麵家の海老の卵麺($44)

油麻地にある興記煲仔飯の土鍋飯は初体験の味。ここは良かった。具は牛肉やソーセージなど色々あるが、もちろん鰻を選択。出された土鍋を開けようとしたら、上蓋が熱い!高温で熱されたものを素手で掴んだから火傷しそうになった。目の前に座った実直そうなビジネスマンも、蓋に触れるなりビクッと手を引っ込めたが、表情だけは冷静なのが可笑しい。醤油だれをかけ、再度蒸らすとより美味くなるらしいが、その時はそうと知らず。鰻はややクセのある風味だが、醤油の香りとマッチし、うな重とはまた違った魅力。暑い季節でも身体の中が温まる感覚は心地良い。

興記煲仔飯の鰻の土鍋飯($60)
やや広めの興記煲仔飯の店内

佐敦と油麻地間の一帯は廟街(テンプルストリート)なるナイトマーケットで、夜は屋台が連なり、人で賑わっている。沢木耕太郎が「深夜特急」で描いた香港の熱気は、この辺りが現場。ただ体感した限り、エネルギーはその当時よりは落ちているようだった。


【お茶とお酒とお菓子】

お茶休憩で訪れた緻好茶館は思い出深い。最初テーブルに丁寧に紙が3枚敷かれた時は、いかにももてなしを受けているようで、相席の食堂とは一線を画す雰囲気。茶葉が入った円筒のグラスを用い、お湯を継ぎ足しながら、何杯もゆっくり味わう。杏のドライフルーツが、お茶請けとして良く合っている。このお店は閉店してしまったが、お茶文化を共有する東アジアでは、カフェのチェーン店より、一葉幾らのお茶を楽しむ時間も大事にしたい。

鉄観音のセット 甘味のおつまみ付き($128)

お洒落な夜の香港の代名詞が蘭桂坊(ランカイフォン)で、坂の上にある。一帯には洋風の店が並び、ビジネスマン風の西洋人の姿が目につくが、メニュー看板を示して客引きするスタッフが声を掛けてくるなど、観光地的な様相もあった。夕暮れ時にインソムニアに入ってみた。夜本番前だけにやや閑散として、のんびり店内カウンターでビールを嗜む。ハッピーアワー価格で1杯36ドル。都内のバーで飲むのとあまり変わらない心持ちで、夜更けに開催されるライブを楽しんでこその店のよう。

蘭桂坊 インソムニアの店内

ネイザンロード沿いにある油麻地のバーThe Baliは、付近で食べ歩いた後、落ち着ける店という点で穴場だった。香港明星の御用達らしく、数多の来店写真が誇らしげに展示されている。ハッピーアワー3杯で56ドル。店内テレビにはACL中継で日本のクラブが映し出され、テラス席で談笑する仕事帰りらしいグループを見るにつけ、良い意味で異国感が薄れてくる。いずれにせよ、大通りに面して、かつ駅近の店は、帰りの足を気にしなくて良いので助かる。

壁を彩る香港明星たち

最後にスイーツを少し。尖沙咀の有名店澳門茶餐廳でエッグタルトを試す。澳門とはマカオのこと。茶餐廳というスタイルの店のフロントでタルトを販売している。手の平より少し小さいサイズで、タルトの表面の焦げ目が香ばしそうで食欲をそそる。1個9ドルを3個注文。結論から言うと、パイのサクサク感とタルトの甘みは、それなりに美味しいが、予想を超えない範囲の味でもあり、食事後のおまけの1個という位置付け。

焦げ目が欠かせないポイント

小腹が空いた時は、街中の屋台で見かける鶏蛋仔(エッグワッフル)がお薦め。卵形状のベビーカステラが円状に30個ほど繋がった形は、アジア各国でもお馴染みのビジュアル。味付けはいろんなアレンジがあるが、まずはプレーンを食すべき。ほんのり甘く、しかし甘すぎず、飽きのこない絶妙の風味に、少しカリッとした表面としっとりした中身の食感は、シンプルながら完成度が高い。こぼすことも手を汚すこともないから、食べ歩きしやすいし、その形状からちぎって分け合うにも便利。1枚10ドル程度。日本でも流行ってほしいお菓子だ。