丸1日遅延する列車(インド 3)

【インド風邪】

バラナシへのフライトの為、早朝インディラ・ガンジー空港に向かった。エアポートメトロは国際線ターミナル3に到着するので、そこから国内線ターミナル1へ移動する。シャトルバスは国際線の搭乗券があれば無料だが、それ以外は有料で25ルピー。

搭乗口から外を眺めると一面真っ白の霧景色。ほどなく「到着地バラナシの天候不良の為、出発が遅れます」と予想通りのアナウンスが入る。明日は朝5時発の鉄道でガヤに向う旅程で、今日はバラナシ鉄道駅そばの予約済みホテルにさえ着けばよい。だから鷹揚に構えていたが、そんな時に限り、たったの2時間遅れで搭乗案内が始まった。

インドのLCCインディゴ航空は、搭乗手続きもスムーズで、機体も新しく使い勝手が良かった。スタッフは短時間でこなす仕事が多い分、動きに無駄が無く、テキパキした仕事ぶり。今後業績を伸ばしていきそうなキャリアに思えた。ロゴやウェブサイトもセンス良し。

IndiGo機体 ※Wikipediaより

フライト中、身体にだるさを感じ始めていた。昨夜吹き曝しで40km走り、晩は暖房の無い部屋で震えながら一夜過ごしたから、体調が狂うのも道理。旅行前に最も気にしたのは下痢対策で、その準備こそ万端だったが、その分風邪への注意がおろそかになり、薬もせいぜい2日分しか用意していない。気をつけなければ。

バラナシ空港着後、手持ちのルピーが少なくなっていたので、キャッシングしようとしたらATMが無い。そのせいか両替レートがひどく悪かったが、やむ無し。

バラナシ空港近辺からは市内へ向かうバスも出ているが、バス停の場所も分からず時間も喰うので、600ルピーの高値ながらタクシーを手配する。目的地のホテル名を告げると、係員が複写紙にさらさらとペンを走らせ、1枚を屋外に控えるドライバーに、もう1枚を自分に手渡した。空港を出ると、待機していたドライバーが寄ってきて、チケットを照合させる仕組み。インドでは要領の悪さに苦しめられる一方、時折こんな手際の良さを見せつけられたりもする。

オートリキシャと違い、タクシーはさすがに快適で、何でもない事に幸せを感じる。外界でもうもうと湧き上がる埃はデリー以上で、空気の悪さ、街の汚さは想像よりはるかに上。何しろ牛の数が違う。吹き曝しでない車を選択して正解。

車窓から、昼過ぎでも晴れきらない霧を見ていると、この分では明日ガヤへ向かう鉄道も大幅に遅延するだろうと考えた。今回のインド旅行でハイライトと位置づけていたのは、ブッダが悟りを開いた場所とされる、ガヤ郊外のブッダガヤ訪問だったが、状況次第ではスパッと諦めなければならない。

ブッダガヤに興味をそそられたのは、ブッダが悟りにいたるエピソードを伝記や手塚治虫の「ブッダ」で親しんでいた事と、その地の田舎風景だった。ブッダガヤから少し離れた場所にある、スジャータ村(セーナー村)の景色などは、スジャータがシッダルタに乳粥を捧げた当時と大して変わらないように思え、遺跡以上の興味があった。

但しこの仏教の聖地は現在最も教育水準の低い地域とされ、治安も良くないので、念の為到着時刻を真昼間としていた。遅延で夜の到着になるリスクは避けなければならない。とはいえ、鉄道チケットも現地ホテルも全て支払い済みで、それが無駄になり旅程に穴が空くのも痛い。今日の何時頃までに判断しようか、そんな算段をしていると、だんだん気だるさが増し熱が出てきた。


【優秀な交通アプリ】

駅近の利便性と、旅にメリハリをつけるつもりで、バラナシ1泊目のホテルは若干ランクを上げたつもりでいた。が、豪華なのはまたもフロントだけで、部屋はゲストハウスにも劣る惨憺たる有様。窓の隙間から寒風が入ってくる上、暖房設備も無い。

スタッフを呼ぶと高校生くらいの2人組が来た。暖かくしたいと要求したら、薄いシーツを1枚持ってきて、これで身体をくるめと言う。辛抱強くそれでは足りないと注文すると、今度は小型のルームヒーターを運び込んできた。昔懐かしの遠赤外線カーボンヒーターでこれは効果抜群、ベッドの側に置くだけで充分温もる。最初にこちらを持ってきてくれ、とは思うのだが、彼らなりに気遣ってくれたのは感謝。

鉄道の運行状況をネットで調べ、今後の旅程はあっさり結論が出た。昨日旅行代理店で参照したサイトを開いて列車番号を検索すると、本日分は20時間遅延、予約していた明日便はキャンセルとある。これでガヤ行きは不可能になった。なのでブッダガヤへの往復便とホテルをキャンセル手続きしなければならない。

デリーに戻った後、ピンクシティとして人気のジャイプールも1泊2日で予約していたが、こちらも事情は同じだろうと、思い切って往復便とホテルをキャンセル。訪問機会を逸する事にはなったが、インドへの辟易と体調不良が、インド観光へのこだわりを希薄にさせていた。

鉄道のキャンセル料は良心的。霧で運休になった分は9割以上、4日後のジャイプール往復分は7、8割払い戻しされた。チケット金額には税金や手数料も含まれているから、間近なキャンセル時期を考えると納得できる設定だ。

インド鉄道にはWL(Waiting List)というキャンセル待ちのルールがあり、予約時にWL50、WL100といった表示を目にする。不確定要素満載の鉄道事情では、予定変更は日常茶飯事だから、それ前提でチケットの流動性を高くし、膨大な乗客を捌き回す仕組みで、精密なシステムと杜撰な運行のギャップにインドを感じる。もっとも今日は遅延頻度もキャンセルも減少傾向とのこと。

<還った金額>
VARANASI JN → GAYA JN Total Rs. 1,275 ◆Refund (-) Rs. 1,230.0◆
GAYA JN → VARANASI JN Total Rs. 1,275 ◆Refund (-) Rs. 1,105.0◆
NEW DELHI → JAIPUR Total Rs. 689 ◆Refund (-) Rs. 540.0◆
JAIPUR → DELHI S ROHILLA Total Rs. 496 ◆Refund (-) Rs. 350.0◆

何より便利なのは、すべての手配がCreartripというアプリひとつでまかなえる点。わざわざ鉄道駅に赴き、窓口での長蛇の列や割り込みと闘う手間が要らないし、オペレーションの簡単さも特筆もの。これのおかげで、複数にまたがる移動と宿泊のキャンセルを、手早く確実に済ませることができた。旅まわりの統合サービスは、インドや中国が日本に先行している。


【老車夫の冷たい手】

夕食をとろうと一旦外に出たが、あまりの空気の悪さにひとたまりも無く、変な男につけ回されたりもしたので、やむなくホテル内のレストランで済ませることに。客は誰もおらず、出された料理が傷んでなければ儲けもの程度に考えていたが、ウエイターとあれこれ相談のうえ注文したトマトとバターを煮込んだカレーは、一口食べた瞬間瞠目したほどの美味さ。付け合せのロティー(円形の薄いパンみたいなもの)もそれ自体しっかり味がついていて、カレーにもよく合っている。

失点だらけのホテルで、レベルの高い料理が出てくる不釣り合いさには意表を突かれた。安全策から、以降もホテルのレストランで食事を間に合わせる機会が多かったが、ことごとく平均以上の味だった。日本で食べるインド料理とは一線を画したレベルで、美食はインド旅行最大の魅力と断言できる。

ガヤ行きを断念した結果、バラナシ滞在が数日増えた。翌日、旧市街中心のブッダホテルに向う為、まずバラナシ駅まで赴き、そこからはサイクルリキシャを雇った。道中、老車夫が別のホテルをしきりに勧めるが「目的のホテルに行かなければ払わない」と突っぱねる。約2kmの道で20ルピー、若い自分より体力無さそうな老人がゆっくりと漕いで行く。方角をスマホの磁針アプリで確認しつつ、ひっきりなしに画面の上に付着してくる砂や塵をふっと吹き飛ばす。

老車夫は時折足を止め、弱々しく笑いながら手に息を吹きかけて温める。これまで揉めた経験上、労苦をアピールしてチップの上乗せをねだっているように見えてしまい、そう捉える自分自身に気分が悪い。到着してリキシャを降りる際バランスを崩しかけたが、さっと手をそえてくれた。手は冷たかった。

ホテルのレセプションで手続き中、ふいにスタッフが玄関口の方に向かって「あっちへ行け」という仕草をしたので、振り返ると、すごすご引き返す老車夫の背中が見えた。懲りずに他のホテルに勧誘しようと敷地に入り、追い払われたらしい。まるで動物を扱う様な態度はショッキングだったが、それが当地の事情なのだから、肯定も否定もせず受け取ろうとも思った。以後、インドへの違和感が若干緩和された気がする。この日まで日本の常識を持ち込み過ぎていたかもしれない。


【巣籠り】

部屋は小ぎれいで満足だったが、エアコンは動くものの、肝心の暖房が効かない。吹き込む冷風で寒くなる一方なので、人を呼ぶと、リモコンを暖房から冷房に切り替え、室温を16℃に設定したら暖風が流れてきた。そんな手順、誰が分かるものか。

このホテルではエッグビリヤニが絶品だった。カリムホテルのライスが薄いターメリック色で味も単調だったのに比べ、こちらは濃い茶褐色で、たくさんの薬草や香草が一緒に炊き込まれ、燻製卵が埋まっている。味が染み込み、辛さも丁度良く、苦手のパクチーすら香りとして不可欠。タマゴ入りカレーピラフというシンプルな料理が、奥深い味わいを醸し出している。グラスを塩で縁取られたラッシーも、料理と良く合っていた。

宿泊地はガンジス河(ガンガー)から離れており、近くに見るべきものもなかったので、体調を考慮して今日の外出も無し。夜バスルームの蛇口をひねると、いきなりピンク色の水が出てきた。驚いてトイレの水とシャワーも確認すると、やはり同じ。昔学校の保健室で見かけた消毒液の色に似ている。いや、そう信じるしかない。口に含むのは避けたが、次第に色が薄らいだので、頃合を見計らってシャワーを浴びた。結局大丈夫そうだったが、毎日妙な事に驚かされる。

(2014/12/23〜24)