イスティクラル通り食べ歩き (イスタンブール 4)

【チョコレートケーキ】

朝食堂に赴くと、準備済みだったものの誰もおらず、目当てのチョコレートケーキも無かった。出来合いのメニューを皿に取っていると、美少女スタッフが階段を上がって来たので、挨拶がてら「チョコレートケーキは」と尋ねると「あれを気に入ったの?」とパッと顔を輝かせた。「いつも私が作ってるんです。もうすぐ出来るから待ってね」そうと知らずに訊かれたので余計嬉しかった様子。

2階は見晴らしがよく、奇岩の風景が目に楽しい。やがてチョコレートケーキが焼き上がった。真っ黒で一見パサパサの質感だが、フォークを挿し込むと中身はしっとりでシロップが染み出しそうなほど。それでいて甘さがしつこくなく、チョコ風味がストレートに伝わってくる。チャイにも合う味で、バイキングの朝食にしては出色のでき栄え。出発時間までも余裕があり、満ち足りた気分でカッパドキア最後のひとときを満喫していた。

すると慌ただしげに宿のスタッフが来て自分の名を呼び出したから、何事かと応えたら「9時発の空港行きピックアップバスが着いてるからすぐ準備してほしい」と言う。伝えられていた予定より30分早いので驚いて席を立つと、美少女が気を利かせて残りのケーキを紙ナプキンで手際よく包み渡してくれた。

部屋に戻る途中、オーナーからも「バスが来てるぞ」と声をかけられたので、手違いの理由と「5分以内に準備できるので少し待ってほしい」と伝えた。朝食前に荷物はほぼまとめており、支払いも前夜暇な時間に済ませていたから、急な出発には支障無かった。

レセプションに戻るとオーナーから「今メールを見たが、確かに9時30分と伝えていた。申し訳ない。他のピックアップを先に回ってもらったので、急がなくても大丈夫だ」と謝罪があった。誠実な対応で何の問題も無く、世間話しながら迎えを待った。彼曰く、今は宿の経営のみだが、ゆくゆくは旅行会社も兼ねてビジネスを広げたいとの事。現在どうなってるだろうか。

発つ際、紙包みを手に取りながらチョコレートケーキを褒めると、「だろう、あの子が作ったんだ」と相好を崩した。


【イスティクラルの路地裏】

カイセリ空港への車中、ラジオから歌謡曲が流れていた。トルコの懐メロの調べは、何となく昭和の歌謡曲に通じる。中には刺さるメロディもあり、楽曲検索できたらと残念だったが、今思えば録音して後日検索という手があった。

イスタンブール旅の前半はスルタンアフメット地区の旧市街観光をメインとしたが、後半は新市街側にシフトする。位置的には旧市街から金角湾を隔てた北東方面で、その中心にタクシム広場(Taksim)があり、広場からは瀟洒な繁華街エリアを貫くイスティクラル通り(Istiklal)が伸びている。ザビハ・ギョクチェン空港からタクシム行きのバスが渋滞に巻き込まれ投宿が夕方近くになったので、今晩はその辺の散策にとどめる事にする。

なだらかな坂のイスティクラル通り

新市街では胡散臭い連中が声をかけてこず、文字通り新しい街に来た気分がしたが、旧市街の世界遺産エリアがむしろ例外なんだろう。イスティクラル通りには、時折ノスタルジックと命名されたレトロなトラムがまかり通る。ブランドショップが並ぶ景観の中、昔ながらのチンチン電車がゆっくり走る姿が街の名物になっている。

ノスタルジックトラムとシミット屋台の2ショット

ここはグルメ街でもある。まずピデというトルコ風ピザを試してみた。見た目はただのピザパンで拍子抜け。別にピデのせいではなく、それなりに旨かったが、わざわざ食べに行くほどのものでもなかった。

見た目そのままの味だったピデ

ピデは満腹にならない量だったが、食べ歩きたかったので丁度良かった。大通りから左右に伸びる多数の路地裏にはバーなどの飲食店が点在し、日が落ちるにつれ明かりがぽつぽつ灯り始める。次第に賑やかさも増し、そのうち道をすり抜けるのも大変な混雑になった。

夜本番直前のストリート

ドルマというムール貝にピラフを詰めた食べ物が、あちこちの店の軒先に並べられ、レモンを絞って立食いする姿にそそられた。上の貝殻をスプーンにして食すが、見た目の物珍しさに相反し味は冷えたピラフ。酒場のツマミだけに単品では到底足りないが、これは選択ミスというべきか。


【デモの気勢】

イスティクラル通りを下っていくと、小広場に行き着き、旗を掲げた群衆が気勢を上げていた。何のデモか見当もつかないが、殺気立っているというほどでもなく、周囲に陣取る武装した警官隊にも緊迫感を感じない。危険が無さそうだったのでしばらく見物した。


外国人が傍観していても、誰も見咎めないし、警官に注意されるわけでもない。デモに恐ろしさを覚えるより、それが認められているところに、逆に先進国の雰囲気を感じた。無論いつも安全とは限らないし、近年この付近で爆弾テロも発生しているので、安易に考えるのは避けたいところ。

ひらめく旗とシュプレヒコール

場を離れ、大通りの端でガイドブックを開いていると、男が声を掛けてきて「アリだ」と名乗り手を差し出した。ここでも来たかと内心辟易し、ガイド本に目を落としたまま「どうも」と無視すると、別に憤るでもなく無言で去った。これには自己嫌悪。これまでの不快ないきさつがそうさせたとは言え、自らの態度の悪さに気が滅入った。


【B級グルメとロカンタ】

喉が渇いたので、とある店でアイランとムール貝の串を頼んだ。アイランは塩の入ったヨーグルト飲料で、いくらでも飲めそうなさっぱりした口当たり。自分は乳製品で度々お腹が緩くなる体質だが、トルコ滞在中、アイランやヨーグルトでそうなる事は無かった。冷めた串は見たままの味で、可も無く不可も無かったが、飲み物だけの注文は気が引けたので。

タクシム広場への道すがら、今度は名物濡れバーガーを試した。店内は他の客と肩や背中が触れるほど狭く、東京都心のファーストフード店さながら。パンをソースで濡らすアイデア商品は、小腹を満たすトルコ版マクドナルドという感じ。

翌日のランチ分もついでに。大衆食堂ロカンタは、トルコ料理を楽しむなら絶対訪れるべき。街なかで比較的よく目にするので、並べられたバットの中に美味そうな惣菜を見つけたら迷わず入ろう。魅力はずらりと並んだ惣菜がショーウィンドウのように道路から見えること。つい立ち止まりたくなるビジュアルで、多少混んでいても長居する店ではないから回転も早い。

居並ぶ惣菜が見た目にも楽しいロカンタ

学食のように自分で皿に盛るパターンもあるが、今回の店は指差し注文で好きな料理を選んでいき、最後に精算してもらうスタイル。現物が目の前にあるので、メニューが読めない外国人でも使い勝手が良い。色んな惣菜を揃えても、全体の味はちゃんと調和し、どれも完成度が高い。パンは無料なので、1,000円以内でお腹いっぱいになった。バリエーションが多いので数回の訪問ではとても足りないが、取り過ぎだけは気をつけるべし。

味がバッティングしない惣菜たち

ケバブ店はそこらで見かけるのに、このロカンタが日本含む各国の都市で見当たらないのはむしろ不思議。本場の味さえ担保されたなら、繁盛は間違いないと思うのだが。


【復権のトルコ】

夜更けのタクシム広場には、ケマル・アタチュルク像が光に浮かび上がっていた。オスマン帝国瓦解後、新生トルコの方向性を定めた功績とカリスマ性は、日本史でいえば大久保利通と西郷隆盛を合わせたようなもの。もっと評価されても良い20世紀の偉人だが、そうでもないのは、世界における現在のトルコのポジションの表れかもしれない。

共和国建国の功労者たち

大国化の目論みも取り沙汰されるトルコだが、軍事的にではなく文化的なプレゼンスこそ期待したい。料理はもちろん、コンスタンティノープル陥落やハレムなど、映像コンテンツのネタも豊富なはず。タレントに事欠くことは無いだろうし、韓流、華流ならぬ”土流”には、相当の潜在力があるのではなかろうか。

(2013/12/28)