トラップ一家の映画 (ザルツブルグ 2)

【引っ越しのモーツァルト】

サウンド・オブ・ミュージック半日ツアーは14時集合。9時前にホテルをチェックアウトし、ザルツブルグ中央駅でコインロッカーに荷物を預けた後、昨日に続き旧市街を訪れた。まずメンヒスブルグの丘を目指す。エレベーターで崖を一気に上がり、現代美術館で絵画観賞したのち、見晴らしの良い展望所で休憩した。今日は霧が無く、午後のツアーが視界不良になる心配は無さそうだった。

メンヒスブルグの丘 ソドラファミドレ♪の場面

マリアと子供たちがピクニックに出かけるシーンに登場するモーツァルト小橋は、モーツァルト広場に最も近い地点に掛かる橋で、メンヒスブルグからは徒歩15分ほど。旧市街に点在するロケ地を含む主要観光地間の距離は、大抵徒歩圏内だから、歩くことさえ厭わなければ、かなりの数をこなすことが可能だ。映画で登場回数の多いノンベルク修道院や、クライマックスの音楽祭の祝祭劇場もこの近辺。

撮影当時そのままのモーツァルト小橋

ピクニック場面での小橋は、見た目が特徴的なので覚えていたが、背景に映るメンヒスブルグの頂上や、地上の馬の洗い場などは、思い出せなかった。映画をスマホに保存しておき、現地で照合するのも一興かもしれない。

モーツァルト小橋から見た風景

旧市街を切り上げてモーツァルトの家 (Mozart-Wohnhaus) に向かった。モーツァルト一家が暮らしたピンク色の建物で、第二次大戦時の爆撃で半壊したが、現在は往時の姿に修復されている。展示している家族の肖像画は、当たり前だが似通った顔立ち。彼らが実際ここに住んでいた事を思うと、博物館でありながら家にお邪魔しているような気分がした。

モーツァルト一家の住居

この地で暮らしたモーツァルトは地元の大司教と反りが合わず、25歳でザルツブルを出奔している。ウィーンに移り住み、翌年には結婚、20代後半からが彼の本領発揮で、代表作もこの時期のものが多い。35歳で死去したので、神童として幼少時から名を馳せたわりには、全盛期が10年に満たないのは意外だが、蓄積が一気に開花したタイプの人生だったのだろう。


【ドレミの階段】

ドレミの歌のシーンで有名なミラベル宮殿(庭園)は、モーツァルトの家と対面の広大な敷地にあり、ここに隣接するバスターミナルがツアーの集合場所にもなっている。半日ツアーでは庭園は見学に含まれていないので、事前に各自で見ておけということ。冬季は花が咲いておらず華やかさに欠けている。

花がなく緑のトーンの冬の庭園

ミラベルの見どころはドレミの階段。子供たちが音階に合わせてトントンと段を踏み、マリアが中央を上がりながらハイオクターブで歌を締めるシーンは圧巻。歌唱力が絵を大きく見せたのか、長い階段だと思い込んでいたのが、実際は13段の短さ。勘違いのせいで、そばに立っていたのに暫く気付かなかった程で、映画の印象と現場には乖離があるなと思った。

ドレミの歌のクライマックスシーンはここ

ツアーは大型バスで催行される。冬季はどこの観光地も閑散なので、空いてると予想していたら、ほぼ満席だった。参加客の年齢層や男女比はまんべんなく、公開当時の観客である高齢者の割合が少なかったのは、世代を超えた普及度の証。

バスが出ると、始めにガイドから注意があった。「各スポットでは集合時間を必ず守ってください。時間になれば出発します。ツアーに参加の皆さんにはそれぞれの予定があり、1人の遅刻のために全員の予定を変更するわけにはいきません」こういう考え方は好きだ。実際は5分程度の遅刻者もちゃんと待っていたが、客相手でもルールを徹底させようとする姿勢は筋が通っていて好感。

車内には当然、映画のサウンドトラックが準備されている。ただしBGMとして流し続けるのではなく、ツアー終了直前にちょうど聴き終わるよう、再生と停止のタイミングが定められていた。その演出のため出発後しばらくは無音。ツアーが始まりわくわくしている時間帯にこそ、オープニング曲を流して盛り上げるべきじゃないかと不服。

半日ツアーは4時間の行程だが、訪れる箇所は大して多くない。最初が湖畔からのぞむトラップ邸。湖には薄皮の氷が張っている。映画では邸宅の広いテラスは湖に面しており、そこでマリアと大佐が口論したシーンなどがすぐ思い浮かぶが、実際の邸宅は裏庭があるのみで、劇中のテラスは隣の敷地に作られたレプリカだ。またトラップ邸内のシーンはすべてアメリカで用意されたスタジオ内のセットでの撮影。

湖に面するトラップ邸

ガイドの語り口には年季が入っていて、そんな裏話を次々披露してくれる。ツアー客はみんな好きが嵩じて参加しているだけに熱心に聞き、新たな知識を得ては、さらに映画の世界にコミットしていくのだろう。自分もその中の一人。


【作り物のあずまや】

次の訪問地はビジュアルが印象深いあずまや。ここはがっかりスポットだった。第一、撮影で使われたものではないし、サイズも場所も違う。わざわざ見に来る価値は無いが、記念撮影には丁度良く、みんな行儀よく順番にカメラの前でポーズを取っている。自分もその波が途絶えたところで一応1枚。けどこれだったら、市内のロケ地を回っていた方が良かったのではと、少々悔やんだ。

このあずまやは映画を模したレプリカ

この後は移動の時間が長くなる。ガイドの解説で印象的だったのは「この映画は地元ではあまり人気がない」という話。当時のオーストリアには同じドイツ民族のナチスを歓迎した側面があったこと、アメリカ人作曲の「エーデルワイス」が愛国歌として扱われていること、等々が自国感情と相容れなかったらしい。

特にエーデルワイスについては、音楽祭でナチスが監視する中、聴衆全体が祖国愛を唱和するシーンが感動的で、自分が一番好きな場面なのだが、これがオーストリアに由来がない歌となると、確かに意味合いが変わってくるし、地元民の反発も理解できる。

かといって、この映画の価値が下がるわけでもない。冒頭では”オーストリア 30年代 最後の黄金の日々”と銘打たれるが、これはナチスと敵対したアメリカによるおとぎ話、という宣言とも取れる。

史実や現実と異なっても、映画の本質とは関係無く、問題は出来の良し悪しだけ。そして、この"虚構"の出来が良すぎて、世界中で喝采された現実が、オーストリア人にとって一番腹立たしかったのだろう。

ツアー最大の見応えある景色は映画と無関係の地

そのうちバスは何も無い所で停まった。映画の舞台でもないようだし、地名も分からなかったが、緑地に散らばる三角屋根の村落と、その奥に広がる湖と山々は素晴らしい眺め。道中市内ではセンス良い現代建築が散見されたが、郊外に極めつけのモダンな建物があり、瞠目して目を凝らすとレッドブル社のオフィスだった。あんな楽園みたいな所で勤務する気分はどんなものだろう。


【夜の教会】

最後はマリアと大佐の結婚式シーンが撮影されたモンゼー教会。バスを降りる前に、ガイドから「駐車場から教会までは少し歩きます。今は明るいですが、集合時刻の頃には日が落ちて真っ暗なので、景色が違って見えるかもしれません。もし帰り道に迷ったら、あそこに見える青い電飾看板を目印にしてください」と指示があった。何の気無しに聞いていたが、あとでこれが役に立った。

教会のふもとにはクリスマスマーケット

結婚式のシーンは大人になってから初めて感動を覚えた。結婚の成就に留まらず、孤児だったマリアが家族を持つところに琴線が触れる。親族がいないマリアに年齢が近く仲の良い長女リーズルが介添えに付くのも良い。儀式と音楽が最高潮に達し、鐘の音をつなぎ目として、場面は一転ハーケンクロイツの旗を映し出す。テンポの良さはもともと舞台作品だったからだろうか。3時間の長丁場なのに、子供を飽きさせないという課題は見事達成されている。

大佐が男爵夫人と婚約解消した直後、マリアにプロポーズするのもスピーディ(?)だ。男爵夫人は落ち度も無いのに、いきなりフラれたにも関わらず、恨み言も言わずさっと身を引く潔さ。物語的にも男性的にも理想的な大人の女性だが、結局ご都合主義的な存在にもなった。劇団四季版での男爵夫人は、一歩踏み込んだ悪役キャラに設定され、その分大佐のマリアへの"転向"が自然に見える演出になっていた。映画版の男爵夫人役の女優は主役2人よりも格上だったので、配慮があったのかもしれない。

映画に出ていた司祭は本職の人

教会を出る頃には暗くなっていて、設営された屋台村は周辺住民の歓談で賑やかだった。大変な人混みだったが、温かい空気感があり、自分も思わず一杯飲みたい気分に駆られる。とはいえ長居は出来ない身だし、そろそろ戻ろうとしたら、いつの間にか住宅街に入り込み、帰り道が分からなくなった。

集合時間まで10分を切るとさすがに焦った。確かに夜の景色は全然違うとまわりを見渡すと、ふと青いサインの事を思い出した。そこから看板は見えなかったが、目標は大事なもので、それを念頭に置くだけで気持ちが落ち着く。確実にもと来た道をたどると、ほどなく他のツアー客と合流でき、その先に青い光があった。察するに過去、道に迷って遅刻した客が多かったから、予め具体的な案内をするようになったのだろう。定番ツアーの確立されたノウハウに助けられた格好だった。


【半世紀続く人気】

帰路、ツアーの宣伝ビデオが上映された。案内役のタレントに見覚えがあると思ったら、リーズル役の元女優だった。往年の面影がくっきりと残っている。ナレーションで「1965年の公開時から、いまだに人々を魅了し続けているのは驚くべきことです」というくだりがあった。確かに年間数万人をロケ地に動員する半世紀前の映画は他に無いのではないか。しかも人気は今後も変わらないだろう。

何がそれほど人を惹きつけるのか延々呟いてみる。ミュージカル映画は必ずしも、良い曲=良いシーンになるとは限らないが、この映画は楽曲の使い方が優れている。同ジュリー・アンドリュース主演で、名曲揃いの『メリー・ポピンズ』と比べると、『サウンド・オブ・ミュージック』は、歌詞の中身や歌うタイミングが、ストーリー展開とより密接に絡む。劇中ほとんどの曲が2度、それも2度目はアレンジを変えて流れ、そのうち「マリア」「もうすぐ17歳」「さようなら、ごきげんよう」は1回目に対応する形で、「エーデルワイス」「すべての山に登れ」は必然性ある場面で使われる。構成が巧みなので、曲を聴くたびシーンが目に浮かび感動が甦る。

家族の物語がテーマなので、各登場人物により所があるのも特徴。マリアには慈愛に満ちた修道院長、子供たちには威厳ある父親(と、のちマリア)、トラップ大佐には愛する祖国、という風に。マリアは修道院をクビになり、子供たちは家庭教師を追い出し続け、オーストリアは危機に瀕する状態だが、家族の結びつきがそれらを解決していく。

風景も魅力的。ザルツブルグ市街と美しい自然、静謐な修道院、衣食に不自由しない大邸宅、舞台環境はほぼこの3つで、どれも居心地が良さそうだし、画面にも映える。観光ツアーが成立する理由でもある。

個人的には小学校での鑑賞体験の影響も大きい。楽曲は音楽の教科書で扱われ、自分などはエーデルワイスやドレミの歌を、音楽授業用の歌だと思いこんでいた。子供時代に親しんだ映画は脳裏に刻み付けられ賞味期限は一生もの。映画を観るたびに当時の思い出とリンクし粘りが強くなる。

ツアーはほぼ定刻通りに終了。感想的には、コスパを考慮すれば、自分の足で巡った方が良かった、というのが実感。ロケ地とアクセス情報は大抵自力で見つけることが出来る。ツアーの付加価値としては、ガイドによる撮影秘話や、強いて言えば他ファンとの(空気の)一体感くらいか。もっとも半日の短さでは多くを期待するのも酷かもしれない。
参照: ロケ地案内はこちらのサイトが詳しい

既に24時間パスが失効していたので、ミラベルから中央駅まで15分ほど歩いた。正味1日半のザルツブルグ滞在だったが、見所が狭いエリアに集中しているから、ミッションはクリア。けど今度は暖かい季節に再訪したい、そんな気にさせてくれる落ち着いた良い街だった。

ザルツブルグ中央駅で列車を待つ

(2013/12/22)