ガウディのお膝元 (バルセロナ 4)

【曲線の建築】 

グラシア通りは市内最大のメインストリートで、高級ブランド店が並ぶ瀟洒なエリアを貫いている。植樹された道沿いの木々が陽光に映え、散歩に心地よい。この目抜き通りにカサ・ミラとカサ・バトリョが500メートルほど隔てて点在し、バルセロナの象徴サグラダ・ファミリアも徒歩20分程度なので、ガウディ観光の中心点でもある。

青空のグラシア通りと緑が映える街路樹

カサ·ミラとカサ·バトリョのくねくね感は、周囲の直線基調の建物群と、良い按配に調和している。もしガウディの建築物のみの景観だったらどんなだろうと想像した。たとえば、VRで曲線と彩色に満ちた世界を、ガウディパークとして創造したら、入場料も取れそうで、ちょっと面白いかもしれない。

うねりが特徴のカサ・ミラ
奇抜な装飾のカサ・バトリョ

陽射しが照りつける中、サグラダ・ファミリア入場の待機列に加わった。観光客を当て込んだ土産物の露店がそばに出店していて、結構な売れ行き。チケットは約1時間後にやっと買えたが、現在は事前購入の優遇、時間指定の必要など、観光客の捌き方がシステマティックになっている。並ぶ面倒に比べたら、随分ましだろう。予約方法の詳細はこちら

建設ピッチが上がるサグラダ·ファミリア

当時はちょうどステンドグラスに色が付けられ始めた時期で、柱や床が、極彩色の窓を通し、橙、緑、青、赤、黃に彩られていた。賑やかな色合いは、何となくグエル公園の大トカゲがまとっていた破砕タイルに似ている。サント・シャペル寺院のステンドグラスが、青と紫の静かな色だったのに対し、こちらは黃や橙の温暖色が配され、南国風の明るさがある。

多彩な光源と曲線を交えた構造物
左端のガラスはまだ着色されていない

柱は天に向かって分岐し、天井は切子状の細工がびっしり施されて少しグロテスク。柱の節に埋め込まれた楕円型ガラスは、SF映画の宇宙船内を思い起こさせ、全体にカオスな世界を演出している。敬虔より愉しさを喚起させる趣があり、異色の教会という感じがする。

未来的な色あいの内部
何だかグロテスクな天井

地下の博物館に、錘と紐から成る逆さ吊り模型が展示されていた。重力が上に向かう逆転の構造設計が視覚的に分かりやすい。発想はシンプルだが、見れば見るほど頭が混乱し、とてもついていけない。見学を終えた後、長椅子でリラックスしていると、あまりの居心地の良さに、いつの間にか眠ってしまった。


【五輪の面影】

モンジュイックの丘へは、2,3号線パラレル駅 (Paral-lel) から、登山鉄道フニクラ (Funicular) を利用する。パラレル駅内の連絡通路から直接フニクラ乗り場に行けるので、切符を買い直す必要はないが、自分は通路の標識を見過ごして一旦改札を出てしまい、再度切符を購入する羽目になった。

フニクラの乗客の行先は、大抵モンジュイック城行きのゴンドラ、もしくはミロ美術館になるが、我が目的地はバルセロナ五輪のメイン会場オリンピックスタジアムだった。開会式で放たれた火矢で聖火台に点火したシーンがずっと印象深く、その現場を見たかった。

フニクラ駅そばに設置されていた地図

スタジアムはミロ美術館と同じ方角にあり、フニクラ駅からミラマル通りを西へ徒歩10分ほど。場内は出入り自由で、トラックでは陸上の競技会が行われていた。戦前の建物だけに屋根もなく古風な造りで、改修前のベルリンの五輪スタジアムに少し似ている。収容5万人のわりには手狭に感じられ、ここであの壮大な開会式が実施されたとは信じ難く、それほど当時の映像のインパクトが大きかったのだろう。

時計台の右に聖火台がある

昔の映像をよく見ると、点火はタイミングを合わせただけで、火矢自体は聖火台を飛び越してしまっている。その辺りをぶらつき、次は古城に向かう事にする。

聖火台のうしろ側


【強風吹く古城】

スタジアムからモンジュイック古城までは、直線距離的には近いが、うねる坂道と強い日差しでだいぶ汗をかいた。誰もいない上り道を歩き、ようやく人だかりを見かけたらそこが城門。濠にかかった橋にいかめしさを感じる。この軍事要塞は一時期は牢獄だったらしい。

緑と赤の葉をまとった城壁と海

城からの風光明媚な眺めは期待以上だった。東は海、西は市街地と、異なる景色を同時に堪能。海へは砲口が向けられ、街も射程範囲にあり、反乱が起きればここから砲撃できた。要地の高台には、絶え間ない浜風が痛いほど強く吹き付ける。


城塞から市街をのぞむ
海に向かって睨みをきかす砲門

階段を降りると城壁に囲まれた広場があり、人はまばらで時間がゆっくり流れていた。目に眩しい真っ青な空と淡い黄土色の城壁はスペインのイメージに合っていて、バルセロナの締めくくりに相応しい情景だと思った。

壁際の日陰で一息つける広場


【光と音楽と噴水】

カタルーニャ美術館の麓で開催の噴水ショーが開催されている。21時スタートなのでまだ余裕があるが、この一帯は治安が良くないとの情報もあったので、暗くならないうちに行こうと、モンジュイックの丘をひたすら下る。

丘のくだる途中の涼しげな泉

陽は傾き暑気は消えていたが、海が近いせいか、べとつくような湿気がまとわりつく。小さな公園で足を止め、半袖の上着を脱ぐと、露出した肌に吹きつける風が快適で、しばらくベンチに佇んでいた。

すると風体の良くない若い男が話しかけてきた。何を言ってるか分からず、適当に対応していたが案外しつこい。ひょっとして絡まれてるのかと頭によぎった瞬間、周囲に人がいない状況に気付き、いっぺんに汗が引いた。

慌ててその場を切り抜けたが、別段何も起こらず、こちらの勘違いだったらしい。けど油断していたのは反省。旅の慣れや疲労でいつしか気が緩み、それが災難に遭う確率を高めるので、あとあと良い戒めになった。

風格あるカタルーニャ美術館

見た目が豪華なカタルーニャ美術館は今回はパス。美術鑑賞をある程度省略したのは、ひとつには入場料が高く、積み重ねがネックになったから。もっとも、お金があれば美術館見学を増やしたかというとそうでもない。街は見所が多過ぎて、優先順位をつけないと時間が足りないのだ。滞在中バルセロナ再訪の思いが強くなっていたので、楽しみは次回に取っておく事にした。

スペイン広場と神殿柱、その向こうに噴水

美術館下の階段は絶好の観覧スポットのようで、日が高いうちは閑散だったが、開始間際にはびっしり埋まった。噴水周辺にも人が幾重にも取り巻き相当な盛況。見やすいポジションを探すうちに、なんの前触れもなく噴水が躍り上がったかと思うと、やがてアップテンポの音楽とともにショーが始まった。


照明に彩られながら、噴水が様々なバリエーションで舞い、洋楽のヒット曲で盛り上げる。けどそれらが巧みに絡み合う演出でもないから、30分しないうちに飽きた。無料の見世物だけに注文をつける筋合いも無いが、夕涼みこそ本来の愉しみで、ショーはその余興といったところ。

噴水の背後で、後光が射す美術館

かなりの人混みなので、身辺に気をつけてはいたものの、逆に無防備な人ばかり。最寄りのエスパーニャ広場駅までは徒歩10分、道すがらの一帯は賑やかで、今から噴水へ向かう人も多い。スペインの夜は長く楽しそうだった。
参考: 噴水ショー開始時間

エスパーニャ広場駅方面の夜景


【早朝タクシー】

未明3時に起きてパリに戻る準備をする。宿直にはスペイン語しか通じないから、明朝4時にタクシーを呼んでもらうよう、Google翻訳を用いて話しかけた。すると夜勤の爺さん、やにわにこちらの肩に手をやり重々しい態度になったから、「残念だがそれは不可能だ」とでも言われるのかとドキッとしたが、単に「もう一度確認させてくれ」だった。

タクシーは3時55分にホテル前に到着という完璧な対応。爺さんは居眠りもせず(それが職務だが)、わざわざ部屋まで知らせに来てくれた。

道中ドライバーは電話でのお喋りに余念がない。市街を出ると景色は一転して荒涼。殺風景な闇夜を見つめていると、一体こんな時間に話し込む相手とは誰だろう、どこかに連れ去られるのではないか、といった妄想が頭をもたげてくる。

なので空港の灯が見えた時はほっと安心。しかもライアンエアーのカウンターがあるT2B正面につける気配りよう。乗車時に航空会社を訊かれたが、この為だったのか。行き届いた仕事ぶりと、無事着いた安堵感で、料金28€が安く感じられた。

カウンター前にはチェックイン待ちの行列がすでに2列できていた。要領は体験済みなので気楽だったが、隣の列で1人書類に不備があったらしく揉めている。搭乗券の印刷サイズが所定のA4でなくB5なのが問題らしかったが、だとしたら厳しいものだ。諦め切れない客を無視した係員の「Next!」という冷酷な響きに、改めてLCCの手強さを感じた。無論、不備の無い自分には、スピーディでにこやかな対応。

オンタイムでパリ・ボーヴェ空港着。空港シャトルバスのチケット窓口で10数分待ち、予め往復券を買っておけばと後悔。パリ市内では朝の通勤ラッシュと重なり、ポルトマイヨーまで2時間近く掛かった。

2013/9/26)