ステンドグラスと演奏会 (パリ 5)

【パリカフェ】

朝早くマレ地区に着き、スービーズ開館までの時間、かたわらのカフェで朝食を摂った。パリでのカフェ体験は、ささやかながらToDoリストのひとつだった。サンドイッチの価格帯は中身によって4€〜10€と幅広い。どっしり噛み応えあるバゲットで量的には満たされるが、ごく普通のチーズとハムを挟んでいるだけなので、それなりの味。その分高く感じられるが、パリの外食としたら安上がりでもある。メニューはフランス語のみで写真も無し。

ポップな感じのカフェ店内

フランスのカフェは18世紀頃から市民の社交場として展開し始め、次第に情報の集積地かつ発信源の役割を併せ持った。バスティーユ襲撃の際は、パレロワイヤルのカフェでの演説が発火点となり、群衆の行動へとつながった。今日で例えると、SNS的な機能を果たしたとも言える。

パリ4日目のルートは超ゆったり

店は常連客が多い様子。カウンターに立ってコーヒーを飲みながら、店員と世間話をし、さっと勘定して出て行くスタイルは、気持ちよい1日のスタートといった感じ。この店は内装も食事もコーヒーもBGMも平凡だったが、店員の愛想や礼儀正しさなどには、また来たいと思わせるものがあった。カフェの本質は交流なんだろう。


【歴史の館】

スービーズ(古文書館)はフランス史好きならおすすめ。カルナヴァレと近いが休館日が異なるので注意。ミュージアムパス対象外で入場料3€。平日だった為か閑散としていた。

見たかったのは、マリーアントワネットが処刑の数時間前、コンシェルジュリーで書き残した義妹宛の遺書。死刑判決を受け裁判所から戻ったのが未明で、その朝には刑場に出発したから、この手紙は短い時間の中、最後の気力を振り絞って仕上げたはずのものだ(ただしこの遺書は義妹には届けられなかった)。

処刑の数時間前に書かれた遺書

びっしり書き込まれた文字を見て、これが若年から本嫌いで手紙も誤字だらけだったという彼女が最後に残したものかと思うと感慨深い。フランス語の単語1つでも読めたら、より肉声も伝わってきたのに、と惜しい。手紙はロベスピエールの死後、彼の引き出しから発見された。きちんと保管していたところは、彼の性格だったのだろうか。


【異形の建物】

ポンピドゥーセンターはスービーズから西へ徒歩5分程度。チューブが側面に貼り付けられた特徴ある外観は毀誉褒貶あるが、個人的にはエッフェル塔やルーブルのピラミッドと同じく、伝統的建築に埋め尽くされたパリ市内において、良いアクセントだと感じる。ここに国立近代美術館が入っている。

目立つポンピドゥーセンター

右手の広場を横目にチューブ内のエスカレーターを上っていくと、高度が高くなるにつれ眺望が開け、宙に浮かんだ感覚になる。目的のフロアに着き、左手のドアで館内に入る。

パリで回った美術館ではこの近代美術館が一番楽しめた。クラシックな展示物と違って、普段目にしない作品が多かったから。モダンアートには、時に奇異なものや、下手したら誰でも創れそうな作品にも出くわすけど、いろんなアイデアが吹き込まれていて、定型化された宗教画や肖像画より、既存にない発想に触れる面白さがあった。

あとルーブルやオルセーなどに比べて混雑が少なく、展示スペースも適当で、快適に見回ることが出来た事も好印象。教科書的な絵画に飽きた時などは、立ち寄る価値のある美術館と思う。


【紫陽花色の教会】

ポンピドゥーセンターからシテ島まで徒歩約10分。再度シテ島に向かったのは、前回サント・シャペルに入場しておきながら、2階の有名なステンドグラスを見逃していたから。あいにく左半分が修復中だったが、ガラス細工のひとつひとつはレッドやブルーが多く、全体の色調としては光の当たり具合で青色や紫色に見える、落ち着く色合い。

ステンドグラスは陽が当たってこそ綺麗

ふいにLINEの着信音が鳴った。現地SIMは挿してなかったが、こんな古い教会も含めて、主要観光地では大抵WiFiが飛んでいる。目の前のステンドグラスを撮って返信した。利便性はひと昔前と比べて隔世の感があるけど、ネット利用はほどほどが適当かも。

向かって左側は改装中なのでフレームアウト

外に出ると、クラシックコンサート告知が目に入った。19時と20時半の2公演で、都合がつきそうな19時の演目はヴィヴァルディの「四季」。ありきたりな選曲ではあるが、由緒ある教会での演奏会も一興と考え直し、聴いてみることにした。

あいにく教会の窓口は閉まっており、貼り紙に「チケットはこちらで購入できます」と販売場所が記されている。対面にある指定の売店に行くと話が通り、一番安い25€席の最前列席を買った。隣接のカフェでも扱っているとの事。近所への販売委託は安上がりな方法で、チケットも紙切れに座席番号を手書きしただけの簡素なもの。

付近を散策後、18時頃戻り、売店の隣のバーで軽い夕食を摂った。相変わらずのサンドイッチと、ついでに赤ワインも注文して、その場の雰囲気を堪能する。その時間自体は充足したが、食べ物はあまり口にあわず、ワインはあとで腹痛を起こした。

コンサートは夕暮れ時に開演。教会は音響効果が優れているし、ステージや座椅子もシンプルでお金が掛かっていないから、コスパの良い世界遺産の活用法と思った。陽が傾くに従い、紫陽花色のステンドグラスに黄金の光が射し始めると、耳慣れた「春」の旋律も、えもいわれぬ美しさを醸し出す。恍惚のひとときで、来て良かったと悦に入った。サント・シャペルのコンサートは夕暮れ時に限る。

ところが「四季」の楽章が秋、冬に差し掛かる頃には陽が落ち、光源を失った硝子窓は、魔法が解けたかのごとく色褪せてしまった。数世紀前のステンドグラスなので、輝かなければ骨董品に様変わりする。あと途中、外から救急車のサイレン音が轟き、観客が苦笑する一幕もあった。手作りの会場ならでは。

惜しむらくは、せっかくパリの伝統建築での音楽会なのだから、フランスの曲を味わいたかったこと。ラヴェルやドビュッシーの「弦楽四重奏」などは雰囲気に合いそうに思うのだが。超定番曲の選定は各国の観光客への迎合があり、やや勿体ない気がした。


【TAXI】

早朝発のLCCでバルセロナに向かう。ボーヴェ空港行きバスの発着場ポルト・マイヨーへ。移動手段はタクシーのみで、レセプションには5時で依頼していたが、大らかなお国柄だけに一抹の不安があった。そんな心配をよそにドライバーは時間ピッタリに「Bonjour !」、颯爽とフロントに登場。対応も申し分なく一安心。

暗がりの大都会パリは行き交う車も皆無で、この世に自分と運転手しかいないかのようだった。人が見当たらないと現実感が希薄になり、そのぶん歴史ある建物の景観が重厚感がをもって迫ってくる。ほどなく車がセーヌ川を渡って市の中心部に入ると、急に交通量が増え、じきに灯りに照らされるバスターミナルが見えた。

早朝のポルトマイヨーのバス乗り場

ここはさっきの静寂が嘘だったかのように旅行者で賑わっている。早い時間帯なのに見送りの人が多かったのは驚きで、人間関係の密度が窺えた。それらを横目に、チケット売り場で16€の片道切符を買い、バスに乗り込む。満席になり次第発車し、旅客をピストン輸送していく段取りで、もちろん渋滞など無く、1時間ほどでボーヴェ空港に着いた。


【初ライアンエアー】

欧州方面の便が発着するのはボーヴェ空港ターミナル2。ライアンエアーのカウンター前にはすでに長い行列が出来ていた。チェックインを捌いているのはスタッフたった1人で、手続きは遅々として進まず、特に預け荷物の処理で手間取っている。後続のシャトルバスがさらに乗客を連れてくる事を考えると、オンタイム出発は無理と諦めたが、そこはLCCだと割り切るしかない。

ところがベテランらしいスタッフが加勢し、預け荷物がある乗客と無い乗客とで窓口を分けると、途端にチェックインの速度が早まった。乗客の方も慣れているのか、各自あらかじめ印刷した搭乗券を用意し、ビザスタンプを押してもらって、さっさと手続きを終えていく。

機内持ち込みの荷物にはサイズと重量制限があるが、引っ掛かる人もほとんどいない。もっとも、荷物を2つ以上持ち込めないのを知らなかった人が、必死に小カバンをザックに押し込んでいる姿もあった。ライアンエアーは格安の代わりに、搭乗条件に多少制約があるので、それらをクリアしていく毎に妙な達成感がある。

ゲートでは搭乗時なるべく早めに並べるように位置取った。手荷物の収容スペースがすぐ無くなると聞いていたからだ。噂に違わず、機内の荷物棚は早い段階で満杯になった。あとから搭乗した人は手荷物を狭い足の下に突っ込むか膝に乗せなくてはならず、つくづくLCCは早い者勝ちルールだと実感。多少遅延して離陸したが、どう帳尻を合わせたのか、到着はオンタイムで、華やかなファンファーレが機内に鳴り響いた。

(2013/9/23〜24)