恐るべき人間の塔 (バルセロナ 1)

【バルサショップ】

パリから2時間飛びバルセロナに降り立った。国際間のフライトとはいえ、空港で入国審査が無いので、国内旅行の感覚。市内へは鉄道 (renfe) でサンツ駅まで向かう。ターミナル2から陸橋を渡って5分ほど歩くと空港駅に着き、券売機そばでは係員が慣れない外国人乗客のサポートに当たっている。料金4.1€。初めてのスペイン、約25分の道中、車窓に映る荒涼とした景色が印象的だった。

主要駅サンツは規模が大きく、旅行者に必要なものは大抵揃い、FCバルセロナのオフィシャルショップもここに入っている。バルサといえど特別な試合でない限りチケット完売は稀だから、この店で当日券を買おうと決めていた。ちなみにオフィシャルサイトからオンライン購入すると手数料2€掛かるが、ショップで購入すれば無料。

手続きは店員自身がオンライン購入を行うだけで、自分も既に同じ画面を見ていたから、座席指定からカード決済までスムーズだった。バーコード付きの完了画面を印刷した用紙がチケットになる。リーガ・エスパニョーラ、FCバルセロナ vs レアル・ソシエダ。価格54€。


【小綺麗なメトロ】

ネット調べではバルセロナの治安の評判はあまり芳しくなかった。駅やメトロ車内でのスリに気をつけるべし、という警告が目につき、ことにサンツ駅での被害談が多かったから、食事時は壁を背にするなど気を遣った。今思えば滑稽。

メトロ車両は新型で、駅構内もパリに比べて格段にきれい。防犯上、早朝と遅い夜の時間帯を避けた為か、胡散臭い連中も見掛けず。路線は色分けされ分かり易く、到着後でもすぐに使いこなせた。

自動券売機で回数券「T-10」を購入。2015年6月当時9.95€。日本やフランスでは紙切符がぞろぞろ出てくるが、こちらは磁気仕様1枚のみとスマート。ただ不良品も混じっているようで、使用2回目に改札通過時にエラーが発生。駅員に事情を説明して換えてもらった。
参考: バルセロナ交通機関のチケット種類

駅からホテルまでの道のりはグーグルマップのストリートビューで予習済み。おかげで見知った街と同じ様に歩き出せたものの、何だか旅の興を削ぐ気もして、以降踏襲する事は無かった。宿に着くとフロントのスタッフからにこやかに「Hola !」と声を掛けられた。鸚鵡返しに「Hola !」と挨拶する。初めて使ったスペイン語で初訪問の緊張がほぐれた。


【カタルーニャの旗】

訪れた日は偶然メルセ祭の最終日だった。街中イベントで賑やかだが、ハイライトは有名な人間の塔。間近で見られるのは僥倖とばかり、宿で落ち着く間もなく、開催場所のサン・ジャウマ広場(Plaça de Sant Jaume)へと直行。

メトロL4線ジャウマ駅周辺は大勢の人だかり。目立つのはそこら中に掲げられている黄色と赤のカタルーニャ旗。スペインの祭りというより、カタルーニャの祭りという強いアイデンティティを感じ、バルセロナから挨拶されている気分がした。

いつものように道に迷っていたら、彼方からファンファーレが聞こえてきた。音をたよりにようやく会場に到着。広場はびっしり埋まり、その視線の先3箇所で人間の塔が組み立てられている。

高さは予想以上の迫力で、強烈な日差しの中、額に手をかざして見上げねばならない。1段組んでいる最中も、後続が次々によじ登っていく。体力とバランスの関係上、長い時間は掛けられないから、安全を担保しつつもスピードが鍵になる。 

塔の先端ほど軽量が求められる為、頂点の重責を担うのは子供。ヘルメットが大きく見えるくらい小さな彼らが、ライフラインを付けずにてっぺんを目指す光景は、見ているこちらにも緊張を強いる。実際、途中で崩れる塔や、建設を断念するチームもあり、自然と成功を祈る気持ちにさせられる。

人間の塔。複数個所で同時建設される。

だからこそ、人間の塔が成功した時のカタルシスは大きい。頂上に近づくとトランペットがそれに合わせる様にフィナーレを奏で始め、頂点に登り詰めた子供がさっと手を振った瞬間、わっと喝采が起こる。

ただこれは折り返し地点でもある。せっかく塔を組み上げても、そこで崩壊したら、むしろ怪我の可能性は高い。仲間と自分自身が降りるまで集中力を切らさず、全員の無事が確実になれば本当の完成。勝者は達成感に高揚し、観客は拍手と口笛で讃え、場は熱狂的な雰囲気に包まれる。


塔のかたちには幾つか種類があった。多かったのは1段を3人ずつで組み上げる形で、これは比較的安定感があった。難しそうだったのは、1人ずつ肩車を積み上げる1人1段のパターン。細かくゆらゆらする所を、さらに子供がよじ登るのだから、危なっかしく見てられない、と目を背ける人もいた。

とうとう1つの塔の先端がぐらりと揺れ、周囲の悲鳴とともに子供が仰向けに落下した。その光景がスローモーションのように目に焼き付いているが、大きなどよめきと動揺の中、しかし祭りは中断するでもなく、他チームの塔は黙々と作り続けられる。

落ちた子が大人たちに抱えられて行くのを脇目に見たが、しっかり受け止められたらしく大事なさそうだった。それどころか、落ち慣れているらしく平然とした様子。あの高所を躊躇なく登るくらいだから、もともと高さを怖がらない子が選りすぐられているのかもしれない。

塔の背後にカタルーニャ旗

その後も長い時間見物していたが、まったく飽きなかった。人間の塔の魅力は何かと考えると、勇気もさることながら、ひとつの表情を思い出す。仲間の肩に乗り、かつ仲間を肩に乗せた、塔の2段目の若者。身体を小刻みに震わせつつ、両眼は微動だにせず1点を見つめ、バランスに全神経を集中させている。責任を負った者の良い顔で、人間の塔とはこれだという気がした。

(2013/9/24)