フランスへの挨拶 (パリ 1)

【Bonjour】

パリ行きの便を待つ間、故郷に帰る人達のお喋りに未知のフランスを感じていると、すらりとした美人が通りがかり、座席はこの女性客の隣だった。一夜明け、乗客が目を覚まし始めた頃、その人と何となく会話が始まったが、気さくさが好感で、初めて訪れる国への緊張がいつの間にか消えていた。他人同士の雑談はほかにも見かけ、人との垣根が低いお国柄のよう。

シャルル・ドゴール空港到着は朝の7時。9月下旬のパリはまだ薄暗い。イミグレでパスポートを提出した時、係官から一言掛けられた。「?」あ、Bonjourかと気付いた時には、もう手続きは済んでいた。以後、入店時など人に接する時は挨拶を心掛けた。その賜物か、対応は常にフレンドリーに感じたし、それがフランスへの印象が良くなる好循環を生んだ。普遍的な慣習とはいえ、日本だと必ずしもそうでないのは周知の通り。

空港からはロワシーバスを利用。バス停に自動券売機が設置されているが、乗り込む際に運転手から直接買うこともできる。市内への移動手段としては最もリーズナブル。終点パリ・オペラ座まで10€(13年9月当時)、所要約1時間。

ロワシーバスの到着地、パリ オペラ座

市の中心部に入ると、出勤する人々が行き交う時間帯で、一観光客としてそれを眺める、浮世離れた自分を実感する。驚いたのはタバコを吸う女性の多さで、そこかしこで目につく。飲食店など室内は当然禁煙だが、男女関係なしに、歩きタバコやポイ捨てといったマナーの悪さは日本の比ではなく、残念な感じ。


【不安なメトロ】

メトロは毎日の足になるので、カルネ(切符)10回券を買った。1回券は1.70€、10回券は13.30€。券売機にはタッチパネルと、ローラーを回転させて操作する旧タイプの2種類ある。ローラー式はレトロで物珍しいが、かなり手間だった。カルネは入場時のみ改札機に通し、出る際、駅出口のゴミ箱に放り込む(ICカードならゴミを出さずに済むのに)。カルネはバスなど他の交通機関でも利用可なので、枚数はあるだけ便利だが、嵩張るのが難。

駅でコンパクトサイズの路線図を貰った。最短ルートや所要時間を割り出すRATPアプリも有用だが、オフライン時は印刷物が頼り。ひと駅間分の所要時間は2分くらい。そこに駅数を掛けていけば、おおよその到着時間の目処がつく。ただし大きな駅での乗換えでは、かなり歩く事もある。

車両は年代物で停車時キィキィと派手な音を立てる。駅構内は大抵老朽化し、落書きが目立ち寂れた雰囲気。車内は大江戸線のように幅が狭く、混雑時は降車が大変。もっとも乗客のマナーは総じて良く、乗降時は整然、お年寄りに席を譲る光景もたびたび見られた。多くの人がスマホに見入っている光景には異国感が無い。

乗客は7割くらいが北アフリカ系や黒人系のようだった。ここだけ見ればどの国に居るのか分からないほどで、フランスが移民大国なのを実感する。ガイドブックで言及される治安面については、計20回ほど利用した限り、危険を感じる事はなかった。

とはいえある夜、ほぼ乗客がいない電車に乗り合わせた時は怖かった。都心のまだ21時過ぎなのに駅はどこも閑散で、あれでは助ける人も逃げ場も無いから、かりに強盗に遭ったらどうしようもなかった。その時車両には、4人家族のほか、北アフリカ系1人とブラックアフリカン1人、ことに目の前に座る巨躯の男に、勝手に恐怖心を抱いていた。そんなこちらの妄想をよそに、一般乗客に過ぎない彼は平気な顔で降りて行く。自分の潜在的な偏見に気付かされた一瞬だった。

夜のメトロ。広告枠には不穏な落書きが。

別の日ポルトマイヨー駅で、15人ほどの少年ギャング団が壁一列に並ばされ、警官に顔写真を撮られているのを見かけた。なので用心は必要だが、大抵の乗客は隙が多く、拍子抜けの感が無いでもなかった。被害が多発するのは、やはり観光スポットが集まる幹線路で、1号線では日本語によるスリ注意の構内アナウンスがあった。


【便利なカルフール】

初訪問の国なら、着いた日のうちにやっておきたい事が2つある。それは公共交通機関の利用買い物。移動方法を把握できると行き来が自在になるし、一度お店で買い物すれば、物価が大まかに分かり、通貨単位や買い方にも慣れる。これだけで充分自信がつく。

買い物はホテル近くのカルフールでまかなった。泊まったibis Paris Gennevilliersは郊外なので、何でも揃う大型スーパーはありがたい存在。けど広大な店内は探し物にひと苦労。買い物カゴは子供3人くらい乗れそうなほど巨大で、お客はこれに商品を満載するから、まとめ買いというより引越しの準備のよう。ミネラルウォーターとパンしか買わない自分が場違いに感じられた。

主食の細長いバゲットは安くて大きい。長さは法律で決まっていて(68cm/350g)、値段は1€前後。果物もそそられたが、重量計算する手間と、ナイフで皮を剥くのが面倒なのでやめた。ハムや惣菜を買っておれば、バゲットでサンドイッチを作れたが、その発想が出なかったのは、惣菜パックの分量が1人分には多過ぎたせいかもしれない。

レジにはベルトコンベアが設置され、バーコードを通した品物がある程度カゴに溜まると、都度流れる仕組み。他人の商品とは備え付きの仕切り板で区別する。傍らでやり方を観察した後、列に並び、慣れた顔つきで仕切り板を置いた。それだけの所作で、現地に馴染み世界が広がった気分になるから面白い。

お客たちの買物量は膨大で、順番の待ち時間が恐ろしく長い。レジには相当年配の店員も居て、我がラインの担当は70歳近くに見えるお婆さんだった。お客との会話を楽しみながら、ゆっくりと商品をカゴに移していく。日本でのレジの速さが懐かしくなるほど遅々として進まず、客1人捌くのに軽く5分以上掛かり、3人待ちでさえ行列に感じる。茫然としていると、前の子連れの主婦が、こちらのカゴの中身の少なさに気づき「あなた、たったそれだけ?お先にどうぞ!」と譲ってくれた。お礼は"Thank you" ではなく "Merci !"

ホテルに戻れば、Monsieurと呼び掛けられる。Misterという意味以上のものは無いが、ムッシュという語感が何となくこそばゆい。けど慣れてしまえば、こそばゆかった感覚の方を忘れた。

(2013/9/20)